岩手県の沿岸南部に位置する大船渡(おおふなと)市は、サンマの水揚げで「本州一」を誇る港町。この地で1805年に創業した及川冷蔵は、魚介類の冷凍冷蔵業のかたわら、サンマを使った加工品を製造販売している。
サンマの加工品といえば、「開き」や「みりん干し」「甘露煮」などの惣菜を思い浮かべる人が多いだろう。同社も同様だが、今回は子どものおやつにぴったりの新商品を開発したという。
「子どもたちの魚離れが進んでいますが、おやつであれば手軽においしく栄養を摂れるでしょう?」と話すのは、及川冷蔵三代目の及川廣章さんだ。
果たして「サンマを使ったおやつ」とは?開発のきっかけや想いを伺った。
未利用魚のサンマをおやつに!
「うちの会社の経営はこれまで、サンマで成り立ってきたんです」開口一番、及川社長はこう話す。
しかし、主力であるサンマの漁獲量は気候変動や資源の減少などで年々減っているという。サイズも以前より小ぶりになっているため、鮮魚として出荷できる量はさらに減少する。
そのため、同社では鮮魚として出荷できないサンマを加工用や養殖のエサにまわしているそうだ。しかし、2023年度は加工用よりもさらに利益がほとんどでない養殖のエサにまわるものが多く、会社の収支を圧迫しはじめていた。
そこで及川社長は「養殖のエサになってしまうサイズの小さなサンマの商品化」を考えた。食卓に上がることのない未利用魚をうまく活用できれば、フードロス削減にもつながるはずだ。
では、どんな商品を作ろうか──。
そこで思いついたのが、サンマの甘露煮を「あん」にして包んだまんじゅうだ。実は、1年ほど前から売れ残った商品を無駄にしないために、加工担当者がオリジナルでサンマのまんじゅうを作って、社員におやつとして配っていたという。
それが社員の間で好評で、「あのサンマのまんじゅうをもっと食べやすくアレンジしてはどうか!」という社員の声もあり、今回商品化へ動き出したのだ。
「魚が苦手と感じている人や子どもでも、おやつなら魚を身近に感じてもらえますよね。それに、魚をおやつにしてしまえば家庭で調理する必要がないですし、季節を問わず一年中楽しんでいただけるので、理想的な商品になると思ったんです」
グルテンフリー&無添加にこだわった商品を
商品を開発するにあたり、及川社長には絶対に譲れない条件が3つあったという。
1つは、まんじゅうの生地を「米粉」で作ること。米どころ岩手の地場産食材を使い、小麦アレルギーを持つ人でも食べられるグルテンフリーな商品を目指したいと考えたからだ。
2つめは、化学調味料を使わないこと。おやつとして口にするものが安心安全であることを第一に考え、さらに自社ならではの特色を出すためにも無添加であることにこだわった。
3つめは、見た目も味もバリエーションがあること。おやつを選ぶ楽しさを味わってほしいとの考えからだ。
こうして3つの条件を軸に、海の資源と地域の食を大切にしながらだれもが安心して食べられる“おいしいおやつ”を目指し、開発チームとともに商品作りに取り掛かった。
膨らみにくい米粉に苦戦も
商品の完成に向けては、何度も試作を重ねてきた。
まず具材となる「あん」には、魚特有の風味をやわらげるため、サンマの甘露煮に玉ネギのみじん切りを加えてみた。それを試作品をアドバイザーのシェフに試食してもらうと「旨味を出すためにしいたけも加えた方がいい」「とろみが欲しいので片栗粉を加えてみたら?」などのアドバイスをもらい、さらに試作と改良を重ねてきたという。
「あん作りは比較的順調に進みましたが、生地を膨らませることには苦労しましたね」と及川社長。
米粉は吸水率が高く粘り気が弱いため、パン生地のように膨らませることが難しいのだそう。しかし、岩手県産の米粉を使用することは及川社長のこだわりの1つでもあったため、譲ることはできなかった。
そこでシェフのアドバイスに沿って、ベーキングパウダーや片栗粉などを加えてみるも、膨らまなかったり、膨らんでも味にえぐみが出たりと目指す商品の形にはならなかったという。
開発チームで頭を抱えていたとき及川社長はあることに気付き、突破口が開いた。
文:赤坂環 写真:川代大輔