師走から年末にかけて、ひときわ需要の高まる魚がある。「マグロ」だ。
赤身の美しいマグロは老若男女に人気があり、祝いの席にもふさわしい。読者のみなさんの中にも、「魚の中では一番マグロが好き」という方は多いかもしれない。
さて、今回はそんな人気の魚「マグロ」について、新しい挑戦をしている事業者を紹介したい。福島県郡山市で仲卸業を営む「株式会社 山吉」だ。
“生マグロ”から“冷凍マグロ”への挑戦
株式会社山吉の創業は2001年。山吉隆夫さんが初代として創業してから約四半世紀、現在では郡山市内の生マグロシェア率90%を占めるまでの企業に成長した。
現・代表である山吉隼人さんは2代目にあたる。20代前半で業界に入って以来、20年以上仲卸業者としての腕を磨いてきた。
山吉の強みは、なんと言っても「質のいい生マグロ」の選定にある。目利きの仲買人によってその時期ベストのマグロを選び、“本物の味”を消費者に届けることをポリシーとしているのだ。
そんな、「生のマグロ」にこだわってきた山吉だが、いま、新しい分野に挑戦しているという。マグロを冷凍してつくる「マグロ丼」の開発だ。新商品開発への想いを、代表の隼人さんはこう語る。
「業界的なことを言うと、マグロの相場は安定しにくいんです。需要が増える秋から冬にかけては、価格は高騰します。一方でニーズの少ない時期に獲れたマグロは、どんなに質が良くても価格が下がってしまうんです。売れ残ったマグロは廃棄せざるを得ない場合もあります。これまで“生”にこだわってきた我々ですが、冷凍にチャレンジすることで、この課題を改善できるのではと考えました」
冷凍販売することのメリットは事業者だけにあるわけではない。マグロを買う消費者側も「冷凍」という選択肢があることで、価格が高くなる時期でもリーズナブルにマグロを手に入れることができる。それがマグロに自信のある山吉の選んだものならば、なおさら期待も高まる。
冷凍技術の進化も後押しとなった。
年々進む日本人の“魚離れ”。それに追い打ちをかけるようなコロナ禍の不況で、廃業した漁船も数多くあるという。漁業全体が厳しい状況にある中、日進月歩で進む冷凍技術が、これからの魚食文化を拓くきかっけになるのではと、隼人さんは考えた。
「冷凍商品の開発は、もちろん自社の経営のためでもありますが、私たちが新しいことに挑戦することによって、卸業全体、漁業全体の新しい道が拓けたらという想いも同時にあるんです」
こうして、自社の経営改善と業界全体への新たな道のために山吉の挑戦が始まったのだ。
最新技術導入と、地元企業との協業を経て
現在、山吉が開発を進めているのが「山吉のマグロ丼」である。これは直営飲食店で一番人気の「キワミマグロ丼」をベースとしたもので、本鮪、メバチマグロ、キハダマグロなどの中からその時々に厳選したマグロを使用した、山吉ならではの贅沢な海鮮丼だ。
「冷凍の鮮魚」と聞いて、その品質に半信半疑になる消費者もいるかもしれない。私たち日本人にとって生の魚は「なるべく早く、新鮮なうちに」というのが暗黙のセオリーになっているようにも感じる。
そんな不安を取り除くために山吉が取り入れたのが、「特殊冷凍」という技術。これまでの一般的な「空気式凍結」よりもワンランク上とされるこの凍結法は、食品を急速冷凍することで水分や旨みを閉じ込め、さらに凍らせることによって生じる素材への負荷も軽減できるという。
開発にあたって、地元同業社との協業も積極的に行った。冷凍販売という未知数の領域にトライし、魚食文化のこれからを切り拓いていくためには、経験のある他社から学ぶ姿勢もいとわないというのが隼人さんの方針である。
「普通に考えればライバル関係にある同業他社ですが、漁業全体が厳しい現状にある今、手を取り合えるところは協力し合って、皆で業界を盛り上げていく必要があると思うんです。私たちが協業しているのは地元の寿司店ですが、卸業の我々にはない知見をお持ちで、特に冷凍における米の選定ではご助言をいただいています。信頼のおけるパートナーですね」
冷凍文化がもたらす漁業への効果は、企業の垣根を越えて広がろうとしているのだ。
文・佐藤 美郷 写真・太田 亜寿沙