本場の味を気軽に楽しんでほしい
新商品「おひとり様用贅沢あんこう鍋」は、「あんこう鍋をまだ食べたことがない」というビギナー層の方にも手に取ってほしい。
「あんこう鍋発祥の地、北茨城の本場の味をまずは味わってほしいですね。一度食べたらたちまち虜になりますよ。普段よりちょっと贅沢な味噌汁感覚で、季節を問わず気軽に楽しんでほしいです」
そして、全国に北茨城発祥のあんこう鍋のおいしさを広め、新商品を「復興と復活のシンボルにしたい」と語る齋藤さん。そう語るのは、かつて東日本大震災の津波で被災した経験もさることながら、とある事情ですべてを失った過去があるからだ。
齋藤さんは2018年、夫・朋弘さんの社長就任に合わせて、齋藤商店に入社。先代から仕事のノウハウを受け継ぎながら、夫婦で長い間温めてきたアイデアやビジネスプランを少しずつ形にしてきた。
これまで市場への流通が主だった販路を拡大させようと、ネットショップを拡充し、工場脇に直売所もオープンさせた。
「口コミが拡がり、少しずつですがお客様も足を運んでくれるようになりました。オリジナルのロゴを入れたユニフォームや長靴を作るなどブランディングにも取り組み、将来の事業拡大を見据えて経営改革に取り組んでいたのです」
火災ですべてを失って
しかし、その矢先の出来事だった。2023年3月、自宅兼工場が火災に見舞われ、自宅も工場も直売所も、すべて焼失してしまったのだ。
さらに追い打ちをかけるように、その半年後の9月には焼失を免れた機械一式を置いていた避難先が台風による豪雨で浸水の被害にあい、残っていた機械もすべて使えなくなってしまった。
「一生に一度あるかどうかの厄が、一年で一気に来たと思いました。火災と水害のダブルパンチで本当にきれいさっぱり、何も無くなってしまって……」
水産加工の施設、設備、そして自宅もすべて失った齋藤商店。それでも、不思議と「もう辞めよう」という気持ちにはならなかったという。ふたりには夫婦で叶えたい夢やプランがあり、それを応援してくれる家族や仲間、友人たちに囲まれていた。
「工場を焼失してから再建するまでの間も、『できることをやろう』と話し合い、同業者の工場を間借りしながら一部の商品を作っていました。津波で被災しているエリアなので、建設には一定の条件があり、地盤の調査にも時間がかかりました。何もできずに待っている時間が長く、もどかしさもあったのですが、それでも絶望せずに前を向いていられたのは、地域のみなさんの励ましや同業の仲間の支えがあったからだと思います」
底抜けに明るい“女将”の笑顔
火災発生から丸1年2カ月。齋藤商店は平潟の海をのぞむ元の場所で、2024年5月に再スタートを切った。
工場は将来を見据え、冷蔵・冷凍、加工設備ともに拡充させ、作業スペースも拡大した。将来のフランチャイズ展開も考えながら「平潟本店」としてオープンした工場脇の直売所には、毎日売り場に立つ齋藤さんの姿がある。被災の経験を笑いに変えながら元気に接客に励み、底抜けに明るい笑顔には、苦難や困難を乗り越えてきた“強み”が感じられる。
「これからは、会社が大変な時期に支えてくれた地元の皆さんに恩返しをしていきたいと思っています。たくさんのお客様に当社の新商品を食べていただき、『北茨城発祥のあんこう鍋』を全国のみなさんに知ってもらいたい。そして、食べた方に『北茨城のあんこう鍋といえば齋藤商店だよね!』と言っていただくことが目標です」
齋藤商店三代目を支えるたくましい“女将”、齋藤美子さんが北茨城市に福を呼ぶ。
文・荒川涼子 写真・中村靖治