JR常磐線・大津港駅から海の香りが漂う駅からまっすぐ歩くと、地魚料理と地酒のお店「食彩太信(だいしん)」が見えてくる。
食彩太信は、大津漁港から店主自ら買い付けをして新鮮な魚を提供する海鮮料理店。店主の前田賢一さんは、「大津漁港の新鮮な魚のおいしさを食卓にも届けたくて、旨味をぎゅっと閉じ込めたこの商品が生まれたんです」と快活に話す。
その商品とは、大津漁港で水揚げされたヒラメ、アンコウ、スルメイカを先代から受け継ぐ秘伝のタレに漬け込んだ「漬け丼」だ。早速、ヒラメの「漬け丼」をいただくと、甘みと旨味が口の中にじゅわっと広がった。この漬け丼が、日本中どこにいても家庭で手軽に食べられるという。商品に込めた想いを伺った。
北茨城市を代表する海鮮料理店「食彩太信」
1979年創業、地元で獲れた魚を軸に飲食業・水産物加工業・水産物卸売業を展開する「株式会社まえけん」が運営する「食彩太信」には、取材のこの日もオープンと同時に絶えずお客さんが出入りしていた。その様子から、この町に根付く海鮮料理店として愛されていることが伝わってくる。
2代目の前田さんは「茨城には新鮮でおいしい魚がたくさんあるのに、その良さがまだまだ伝わっていないと感じています。だからこそ、茨城の魚の魅力を伝えたいという想いで事業を展開しています」と語る。
今でこそ、大津漁港で獲れた新鮮な魚を味わえ、北茨城市を代表する海鮮料理店だが、前田さんが経営に加わったころはごく一般的な食事処だったそうだ。
「以前は、お店から数分の場所に『大津漁港』という港があるにも関わらず、水戸市にある中央市場からわざわざ魚を購入していました。食彩太信は父が創業したお店ですが、父の想いを大切にしながらも、もっと北茨城らしさが伝わる海鮮料理店にしていきたい舵を切ったんです」
提供する魚は、自らの目で見て選ぶ
子どものころから父の背中を見て育った前田さん。いずれは食彩太信を引き継ぐのだという想いが芽生え、高校卒業後は修行するため上京した。複数の和食料理店で料理人としての経験を積んだあと、2004年に北茨城市にUターンし、父と一緒に店を切り盛りするようになったという。
さらに前田さんは、2017年頃から大津漁港で魚の買付け人としての役割も果たしている。
「大津漁港に水揚げされた新鮮な魚介類を自らの目で見て選ぶことで、北茨城がいかに豊かな漁場か身を持って感じるようになりました。それから『新鮮な地元の魚を提供したい』と思うようになり、徐々にお店で提供する看板メニューも大津漁港で獲れた魚を使用した刺身定食や創業45年の父の味あんこう鍋・漁師直伝無水どぶ汁などに変更していきました」
魚本来の魅力が伝わる、商品開発への挑戦
大津漁港で水揚げされた新鮮な地魚を全面的に打ち出したメニューへと変更していった食彩太信。おいしい地魚が食べられる店という評判が広がり、店は北茨城市を代表する海鮮料理店として成長していった。
さらに、2016年の法人化をきっかけに加工場を併設。「低温真空フライ製法」という製法を用いて、地元の海産物や畜産物、農産物を使った北茨城市のお土産品を生み出した。特に、大津漁港で獲れた「アンコウ」を低温真空フライした「鮟鱇(あんこう)ひとすじ」は、素材本来のおいしさを楽しめ、手軽に食べられることから酒のお供にぴったりな人気商品だ。
「おつまみとして『鮟鱇ひとすじ』などを販売していますが、食彩太信の本来の魅力は新鮮な生魚です。以前からもっと多くの人に、大津漁港で揚がる鮮魚のおいしさを知ってもらいたいという想いを持っていました。来店されるお客様だけでなく、だれでも手軽に自宅で楽しんでもらいたいという気持ちから、鮮魚を使用した商品を作りたいという想いが日に日に強くなっていったんです」
こうして前田さんは想いを形にすべく、商品開発に着手することにした。
文:谷部文香 写真:吉田和誠