冬の味覚「アンコウ」。皆さんはどんな食べ方をイメージしますか?
プリプリの身とあん肝の旨みが溶け出したスープが絶妙の「アンコウ鍋」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。そのおいしさにファンの多いアンコウですが、高級魚のイメージが強く、気軽に食べられる魚という認識はあまりないかもしれません。
そんなアンコウを「もっと気軽に子どもたちにも食べてもらいたい」という想いから、「有限会社海幸」の営業部長・遠藤浩庸さんは、サクサクのフライにすることを考案しました。
その名も「いわきフライ」。親潮と黒潮がぶつかり合う「潮目の海」で育まれた質の良い「常磐もの」を新鮮なうちに加工し、誰でも気軽に食べることのできるフライにします。
この商品を開発するまでには、どんなストーリーが隠されているのでしょうか。「子どもたちの笑顔が原動力」という遠藤さんに、商品開発の道のりを伺いました。
魚を通して食卓を笑顔にしたい
1999年創業の「海幸」はいわき市江名に本社工場を持ち、学校給食やJAの食材配達サービスなど大口の顧客向けて海産物の加工品を卸している会社です。福島県沖で獲れた新鮮な「常磐もの」を中心に、さまざまな魚種を扱い、切り身や惣菜などへ一尾一尾丁寧に加工しています。
かつていわきの沿岸部地域は干物やかまぼこなど、魚を加工する会社がひしめいていたそうです。しかし、東日本大震災の発生によってその景色は一変。津波による甚大な被害は、多くの会社を廃業へ追い込みました。
江名港前に工場を持つ海幸も津波から逃れることはできず、残ったのは骨組みと配達用のトラック1台だけだったそうです。代表の高萩則夫さんは、途方に暮れながらも「いわきの魚食文化を途絶えさせてはいけない」と前を向いて走り続けたといいます。
震災の翌年にはいわき中央卸売場内に第2工場を設立、さらに2013年に本社工場を建て直し、会社を再開させました。創業当時からの「魚を通して食卓を笑顔にする」という理念は、今も変わることはありません。
しかし、風評被害や日本人の魚離れ、漁業を取り巻く環境は厳しさを増しています。海幸では「豊かな魚文化をより多くの人へ届けたい」と、大口の顧客向け商品のほかに、個人向けの新たな商品開発に乗り出しました。
逆境に負けず、お客様が喜ぶ商品を
営業部長をつとめる遠藤さんは、2013年に入社。いわき平豊間出身の遠藤さんも被災をし、関東で避難生活を送っていたそうです。気力を見失う日々のなか、知人から営業職で入ってみないかと誘いを受けたことで、海幸へ入社することとなりました。
「営業だと思って入ったら、次の日にはすぐに包丁持たされてたんですけどね」と笑う遠藤さんは、営業のほかに工場での作業や経理、商品企画などすべてを兼務しています。
そんな遠藤さんが最初に手がけた個人向けの商品が「アンコウ鍋セット」でした。
福島県沖では自由な漁が制限される試験操業を強いられ、水産物の水揚量は著しく減少。このままでは魚を食べる文化まで失われてしまうのでは……、そんなピンチを乗り越えるため、いわきの郷土料理である「アンコウ鍋」をセット化した商品の開発に取り組んだそうです。
遠藤さんは茨城県まで「アンコウ鍋」を食べ歩き、とことん味を追求しました。家庭では調理が難しいとされるアンコウ鍋を簡単に調理できるよう工夫を凝らした商品は、販売するとその手軽さと本場の味に県外の方からも好評を博したそうです。
次に開発したのが、魚を使った唐揚げです。コロナ禍で町にからあげ屋さんが増えたことからヒントを得て、家庭で簡単に調理できる商品を展開したそうです。
海幸はどんな時も逆境に立ち向かい、お客さんの喜ぶ顔を第一に考えて商品づくりをしてきました。
ヒントは会津のソースカツ丼
そして、今回開発した商品がアンコウを使った「いわきフライ」です。
特製ソースをかけていただくいわきフライですが、この発想はどこから来たのでしょうか?
「実は、会津名物『ソースカツ丼』からヒントを得たんです。学校給食の出前授業で、会津の小学校を訪れたことがきっかけでした」と遠藤さん。
「海幸では学校給食にカジキフライを出しているのですが、会津の小学校ではソースカツ丼のようにアレンジして食べていたんです。それを子どもたちがすごくおいしそうに食べていて、ソースに浸したフライならご飯にも合うし、子どもたちも喜ぶと思ったんです」
そこで、遠藤さんはアンコウを使ってフライを作ろうと考えました。
深海魚として知られるアンコウは、インパクトのある見た目とは裏腹に身は高タンパクで低カロリーな栄養満点の魚です。冬の味覚として知られていますが、実は夏にも水揚げがあります。そんなアンコウを鍋以外の方法で、一年中気軽に食べてほしいという思いでフライにすることを考えたのです。
しかし、アンコウをフライとして商品化するためには大きさを均一にする必要がありました。大小さまざまある魚を製品規格として安定させるにはどうしたらいいのだろう……。頭を悩ませていたある日のこと。ファストフードチェーンのフィレオフィッシュを製造しているところをテレビで見た遠藤さんはヒントを得たそうです。そして、型枠を使って魚を成型することを思いつきました。
型枠を使用すれば、型に敷き詰めて固めることで、均一な大きさに切ることができます。さらに、大きな魚も小さな魚でもロスを出さずにムダなくおいしく食べ切ることができるのです。
何度も試行錯誤を繰り返し、商品化に向けて動き出しました。
文・写真:奥村サヤ