においやパサつき、数々の課題
「レンジで温めてすぐに食べられる焼き魚セット」の開発にあたり、とくに苦労した点は、エイをいかにおいしく仕上げるかだった。アンモニア臭や生臭さ、焦げやすいヒレの対策、パサつきを防ぐ漬け汁の開発など、時間をかけて根気強く、さまざまなハードルを越えながら生まれた商品なのだという。
ここで、具体的にどのような工夫を行ってきたのかを紹介しよう。
エイには特有のアンモニア臭がある。それがエイが敬遠されがちな原因の1つになっていた。この対処に、塩水へ漬け込むことで対処した。
しかし壁となったのが、全体的な生臭さだ。これにはさらなる工夫が必要だったという。エイに限らず、魚の生臭さの要因となるのが鮮度。そこで間宮商店では、とにかく鮮度とスピードを意識した。
隣接する七ヶ浜で水揚げされたエイを迅速に下処理し、冷凍するまでの時間を最小限に抑えることで鮮度をキープ。また、水分が多いことも生臭さの原因となるため、塩水に漬け込んだ後、十分な乾燥時間を取るようにした。
間宮商店では通常、一般的なメーカーよりも薄い塩水に長時間漬け込むことで、まろやかな味わいの干物を作っているが、今回のエイにはそれ以上に長い時間をかけて漬け込み、生臭さの解消に成功した。
均一に加熱し、旨味をコーティング
今回エイには、独特のにおいを抑えるため、塩干しではなくみりん干しを採用している。これによりおいしさが増した一方、レンジ加熱特有の課題も生じた。みりんに含まれる糖分で、加熱した際にヒレの薄い部分が焦げやすくなり、苦味が出てしまうのだ。
そこで間宮商店では、レンジ加熱の際に焦げないよう、あらかじめヒレの端の薄い部分を切り落として厚みを均一にする対策を行った。こうすることで、ムラなく均等に調理でき、かつ舌触り良く仕上がっている。
また、レンジで温めるとパサつきやすく、魚本来の旨味が抜けてしまうことも大きな課題だった。
しかし、パサつきの原因がなかなかわからず、原因を探るのになんと2~3ヶ月もの期間を要したという。その間は、主に遠藤さんが加熱温度や時間、魚の切り方などさまざまな条件を検証していた。
その結果、漬け汁に着目。添加物を使わず独自の配合で開発したオリジナルの漬け汁に漬け込むことで、エイをコーディングし、パサつきを抑えたふっくらとした食感に仕上げることに成功した。
干物らしい「パリッと感」を再現
レンジ調理ではどうしても蒸気がこもりやすく、魚が蒸されたような仕上がりになり、ベチャッとしてしまう。しかしそれだと「質の高い干物を手軽に食べてもらいたい」という間宮さんの願いには届かない。
おいしさとレンジ加熱の手軽さを両立させるため、ここでも試行錯誤を繰り返した。フタを完全に開けて加熱すればパリッと感は出るものの、加熱途中に破裂してしまい、レンジ庫内を汚してしまうことも多々あったという。
そこで採用したのが、フタの端を2カ所開ける方法だ。熱の通り道ができること、余計な湿気が逃げることの両方を実現でき、その結果、レンジ加熱でも焼き魚に近い仕上がりが可能になった。
「もちろん、グリルで焼いた魚と完全に同じ水準とまでは難しいかもしれません。ですが商品によってはまったく遜色なく、違いに気づかない人もいるかもしれませんね」と、間宮さんは自信をのぞかせる。
「自分たちだけの商品」を生み出す楽しさが原動力
まるで泉のように次々と湧き出るアイデアの源は、いったいどこにあるのだろうか。そこには、温暖化による海の環境変化、そして魚の減少による危機感があるという。
「後ろから橋がどんどん崩れていく。そこから落ちないように、必死で走り抜けているような感覚です」
しかし、そのような状況においても、ポジティブな気持ちを忘れないのもまた、間宮商店ならではだ。食生活が変化する中、他のメーカーではできない独自の商品を生み出し、新しい市場を開拓することに楽しさを感じているという。
「自分たちにしか作れないものを持っている方が楽しい」という間宮さんの想いが、会社全体に根付き、今では企業のアイデンティティにもなりつつある。これまでの枠を超えた取り組みの数々が、間宮商店の新たな挑戦を支えているのだ。
同商品は今後、まずはECサイトでの販売を皮切りに、将来的には高級スーパーや自社店舗にも並べていきたい考えだ。以前展開したうみ茶漬けでギフト需要が予想以上に高かったことから、今回の商品も贈り物としての需要が期待できると見ている。
「干物というと、とっつきにくいイメージを持つ人もいるかもしれませんが、手軽な商品をきっかけに、魚のおいしさや干物の魅力をもっと知ってもらいたい」と間宮さん。「レンジでチンするだけ」で焼き魚が楽しめるため、魚に馴染みが少ない若い世代にも、干物の味わいを気軽に体験してもらえると考えている。
実際、食堂部で提供する干物定食は若年層からも好評だ。予想以上にカップルや若いお客が訪れ、魚料理を楽しむ姿が見られるという。
今回の「YAKASATTA」が入り口となり、魚に親しみを持ってくれる人がひとりでも増えることを願っている。
文・岩崎尚美 写真・古関マナミ