サンマの水揚げ量が減っていると、どこかで耳にした覚えはないだろうか。水産庁の発表によると、サンマの漁獲量は令和5年の概数で2万5,800t。平成26年の22万8,600tと比べて約9分の1にまで落ち込んでいる。
消費者とサンマとの縁が遠くなる現状に抗うため、上野台豊商店の代表取締役・上野臺優(うえのだい ゆたか)さんは立ち上がった。サンマを余すことなく大切に食べてもらうために、思いついたのは「サンマを煮干しにする」アイデアだ。
上野臺さんに、サンマを主役にしたラーメンの開発ストーリーや、製品に込めた想いを伺った。
思い入れのあるサンマが姿を消していく
上野臺さんが代表取締役をつとめる上野台豊商店は、上野臺さんの祖父が個人商店として創業。1988年に福島県いわき市小名浜で水産加工会社となり、サンマを主力商品として扱ってきた。
上野臺さんは子ども時代から生鮮サンマを販売したり、サンマの開きを加工したりする様子を見て育ってきた。サンマと共にある暮らしが、当たり前だった。
「今はサンマの漁獲量が減り、獲れても小ぶりなものが多いですね。サンマに触れる機会が、めっきり減ったと感じます。だからこそ、小さいながらもせっかくとれたサンマをもっと大切に食べたいと思うようになりました」
しかし、小さな個体のサンマは、食べづらさを嫌う消費者から敬遠されることも多い。ひと昔前は、市場に出回ることなく魚の餌にするのが当たり前だったという。
そこで上野臺さんが考えたのがサンマを煮干しにするアイデアだ。煮干しからサンマのだしをとれば、小さなサンマも余すことなく食べ尽くすことができるのではないか……。
しかし、小名浜で煮干しを作るという例はほぼ聞いたことがない。一般的な煮干しに使われるアジやイリコが、小名浜の海ではあまり獲れないことが理由だ。だからこそ、サンマの煮干しからだしをとり商品として提供すれば、”小名浜らしさ”を届けられるのではないかと考えた。
「サンマの煮干しというアイデアを思いついたとき、同時にラーメンの開発を思いつきました。ネット販売やお土産品として販売できるラーメンがあれば、より手軽に全国の方に小名浜のサンマを届けらえると考えたのです」
サンマの煮干しをラーメンのダシに
上野臺さんが作りたかったのは、ただのラーメンではない。“サンマを食べているとわかるラーメン”だ。しかし、メニュー開発は試行錯誤の連続だった。
まず、プロジェクトチームを立ち上げ、麺の選定やラーメンスープの調味は福島県内の人気ラーメン店の協力を仰いだ。パッケージのデザインはプロに依頼。上野臺さんに託されたミッションは、商品の肝となるサンマの煮干しづくりを成功させることだ。
一般的に煮干しは、魚に下処理を施して茹で上げ、じっくりと乾燥させて作られる。しかし、サンマにはサンマならではの特性があり、開発は一筋縄ではいかなかったという。
「サンマは脂身が多い魚なので、煮干しづくりに大切な乾燥工程で、非常に乾きにくかったのです。乾燥時間は想定していたよりもずっと長くなりました。現在は、熱風を5日間当て続けて乾かしています。今後はコストダウンのために、より効率的な乾燥方法を考えていかなければですね」
何とかサンマの煮干しが出来上がり、次はいよいよラーメンづくりだ。しかし、そこでも課題は生じる。“サンマを主役にする”という商品コンセプトと、ラーメンとしてのおいしさの両立だ。
「サンマには独特の風味があり、煮るとアクも出ます。サンマの風味をやわらげれば、ラーメンはすぐにでも完成したかもしれません。しかし、今回のラーメンのコンセプトは、“サンマの風味が引き立つラーメン”です。それにはサンマのクセを尖らせる必要があり、ラーメンスープの調味はとても難しかったと思います」
課題を解決に導いたのは、カナガシラのだしをブレンドすることだった。
カナガシラとは風味の良い白身魚で、赤い表皮を持つことからも、昔からしばしばタイの代用品として料理に使われることもあった。しかし骨がとても硬くて食べづらいので、市場にはあまり出回らない未利用魚である。
上野台豊商店では、カナガシラの身と骨を活用した粉末だしを既に製品化していた。そのカナガシラのだしを加えることが、今回のラーメンスープの“正解”だったようだ。サンマの煮干しのクセがまろやかになる一方で、風味に奥深さを加えてくれた。
サンマの後味がふわり 香り豊かなラーメンへ
バランスを再調整した試作品が仕上がり、ついに試食の日が訪れた。ほかほかと立ち上る湯気からは、香ばしい醤油と、磯の香りが感じられた。ひと口、すする。上野臺さんは、その場に居合わせた人と、顔を見合わせた。
「おいしかったです。箸で麺を持ち上げると、魚介系の香りがふわんと広がります。のど越しの良い中太ちぢれ麺をすすると、キリッとした醤油スープがなめらかに絡まりながら流れ込んで、後味でサンマのおいしさが追いかけてくるのです。そして飲み下した余韻で『ああサンマを食べている』とわかるラーメンになりました」
サンマを使っているだけではない。サンマを食べていると感じられる、まさにサンマラーメンの名がふさわしいラーメンが完成した。
サンマラーメンのおすすめの楽しみ方を、上野臺さんに伺ってみた。
「いわき市の特産品であるメヒカリや、郷土料理のサンマのポーポー焼きをトッピングしてもらうと、さらにご当地感のあるラーメンになります。海鮮たっぷりの小名浜ラーメンをぜひ楽しんでもらいたいですね」
サンマラーメンの透き通ったスープには、上野臺さんのサンマへの並々ならぬ思いが溶け込んでいる。ご堪能いただく際は、ぜひ小名浜の海に思いを馳せてほしい。
文・橋本華加 写真・吉田和誠
後編へつづく