宮城県仙台市から海に向かって車で走ること約1時間。窓からの景色はビルや住宅街から、木々の茂る自然へと変わる。目的地への道を抜け、たどり着いたのは石巻市の万石浦(まんごくうら)湾。波があまりにおだやかで、海というより大きな湖のようだった。
「末永海産株式会社」は、万石浦湾のすぐそばで牡蠣やほたて、ほやなどの貝類、わかめ等の加工・販売を行っている。漁師直伝の貝の食べ方を再現した「漁師の潮煮」シリーズなど、素材の味を活かした商品づくりをしてきた。
子どものころから地域で採れる海産物を食べて育ち、「三陸の海は豊かで、おいしいものが獲れることを知ってほしい」と話すのは、取締役専務の末永康也(こうや)さん。現在開発中の新商品について話を伺った。
三陸の海の恵みを活かした加工業
万石浦湾の湾岸にそびえ立つ北上山地からは、豊かなミネラルが流れ込む。植物プランクトンが良く育ち、それらを食べて育つ「牡蠣」の養殖が昔から盛んな地域で、牡蠣養殖が生まれたのもこの場所だ。
「三陸の海は世界で類を見ないほど栄養が豊富なため、ワカメの養殖の水揚げ量は全国1位、牡蠣の養殖は広島に次いで全国2位です。この地域の恵みを生かして、会社が創業したた経緯があります」
自然は地域に暮らす全ての人に恵みを与え、多くの水産業者が誕生した。末永さんの父で、現在は末永海産の会長を務める末永勘二さんもその一人。加工業者として創業し、海産物を小分けしてスーパーなどで販売する卸売りを中心に、旬のものを安価で多く提供することで会社を成長させていった。
しかし、豊かな環境があるゆえ、市場での価格競争も避けられない。その状況から脱却したいと考えた勘二さんは、付加価値のある加工度の高い商品開発にとりかかるようになった。
一番おいしい牡蠣の食べ方は「潮煮(うしおに)」
勘二さんが商品開発の参考にしたのは、漁師である父の声。牡蠣の一番おいしい食べ方を尋ね、商品化を試みることにしたという。
「牡蠣を炭火で炙ると、殻の中で、じわじわと身の中からのエキスが出てくるんですよ。それが殻の中で煮詰まって、牡蠣が自分で自分をおいしくするんです。『その牡蠣を汁ごと飲んで食べる潮煮が一番うまいんだ』という話を、当時していたようです」と末永さんは話す。
三陸の味を一番おいしい状態で、一年を通して家庭の食卓にも届けたい。そんな想いから生まれたのが「漁師の潮煮」シリーズだ。
牡蠣のほかに、ホタテとほやの3種類のバリエーションがあり、加熱加工してある安心感がありながらも、生の貝を食べたときのような食感が楽しめる。溢れ出た潮もたっぷり入り、貝の旨味をまるごと楽しめるこのシリーズは、2019年に「農林水産大臣賞」2020年に「内閣総理大臣賞」を受賞するなど、数々の品評の場でも評価されてきた。
「貝は一度冷凍してしまうと、フレッシュさや食べ応えはまるっきり変わってしまいます」と末永さんは言い切る。
季節や魚種によって買い付けの方法は異なるが、たとえば牡蠣の場合は、加工場から車で5分のところにある漁協組合や地元漁師から直接買い付けし、粒の大きさや身の張りを見ながら厳選した貝の仕入れを行う。その後、24時間滅菌海水で体内をきれいにしたあと、手作業でむき身にするまでの加工を即日で行うそうだ。
炙りや燻製でぎゅっと味を凝縮
潮煮シリーズは1パックあたり70~150g。貝の身がまるっと入ってボリューミーでありながら、高級感もある。一方、もっと気軽に手に取ってもらいたいと開発された「炙り」「スモーク(燻製)」シリーズは、炙ったり、燻製にしたりすることでその味をぎゅっと濃縮させている。
炙りシリーズでは、貝からでてきた潮でさらに貝を煮込んだあと直火で炙り、水分を飛ばして貝の旨味を閉じ込めていく。スモークシリーズでは、それをさらに桜チップで燻製することで、スモーキーな香りをまとわせる。
磯の香りと貝の風味が海からそのまま届くような潮煮に対し、炙り・スモークシリーズは魚介の旨味を凝縮した濃い味がするのだそう。「酒のアテには抜群ですよ」と末永さんが教えてくれた。スモークシリーズは駅の売店で販売していることもあり、出張帰りに新幹線でビールのお供にする人もいるのだそうだ。
「三陸沖で獲れるものは、味付けをしなくてもこんなにおいしいんだということを伝えたいんです」と話す末永さん。だからこそ、なるべく素材の味そのままにこだわって、加工品を届けてきた。
そして今回も新しい素材を使って、おいしい三陸を届けようと準備を進めているそうだ。
写真・文 蒔田志保
写真1・6・7枚目 株式会社末永海産提供