「いわきの魚屋といえば、おのざき!」
地元の住民がそう口にするのが、福島県最大級の鮮魚店「株式会社おのざき」だ。2024年春にリニューアルした店舗には、親潮と黒潮がぶつかる栄養豊富な潮目の海で獲れる「常磐もの」をはじめ、多種多様な魚介がキラキラ、つやつやと並んでいる。
2023年に創業100周年を迎えたおのざきは、伝統を重んじながらも、常に新しいことに挑戦し続けてきた。中でも1年前に取り組み始めたのが、常磐ものを使った「離乳食」。開発に声をあげたのは、取締役であり一児の母である小野崎永理さんだ。
働きながら子育てに奮闘するご自身の経験を込めた魚の離乳食とはーー。
子育てに奮闘するパパやママの力になりたい
商品開発のきっかけは、はじめて子育てをする小野崎さん自身の葛藤だった。
「赤ちゃんの6ヶ月乳幼児健診で離乳食の指導を受けたのですが、見せてもらった離乳食の見本にすごくプレッシャーを感じてしまったんです。はじめての育児で、授乳もお世話もいっぱいいっぱいなのに『離乳食ってここまで、手作りでがんばらなきゃいけないの?』と思ってしまって。そんな自分にすごく切ない気持ちになってしまったんです。」
筆者も子育ての経験があるからよくわかる。離乳食の準備はとても手がかかるのだ。
まず、赤ちゃんの小さな口に入るサイズに食材を刻み、噛まなくても飲み込めるやわらかさに茹でてつぶし、味覚を育てるために大人とは違う薄味で用意をする。さらに、アレルギーがあることに気づけるよう、一品目ずつ食べさせるなど、とにかく気を配ることが多い。加えて魚の場合は、骨にも気をつけなければならない。
「魚の離乳食を準備するのって、魚屋の私でさえもハードルが高いなと感じてしまって。きっと私と同じように、離乳食で悩む人がいるんじゃないかと思いました。だからこそ、子育ての負担を少しでもカバーできるような栄養満点の商品をつくりたかったんです」
地元の魚屋ならではの「おさかな離乳食」
赤ちゃんに離乳食で魚を与える場合、段階的に進めるのが一般的だ。生後5~6ヶ月頃の離乳食初期は、脂肪が少なく淡白な味わいの白身魚からスタートし、生後7~8ヶ月頃の離乳中期にはマグロやカツオなどの赤身魚、生後9~11ヶ月頃の離乳後期になるとサンマやイワシなどの青魚を与えて徐々に魚に慣れさせていく。
商品開発を始めた2023年度、小野崎さんが最初に取り掛かったのは白身魚である「ヒラメ」の離乳食だった。
「ヒラメはタンパク質が豊富で低脂質、身が柔らかくて離乳食初期に最適な魚です。素材にもこだわり、福島県産の常磐ものを仕入れています。栄養豊富なだけでなく、地元鮮魚店として地元の味を伝えたいと思ったからです」
日本人の魚離れが進んでいるなか、小野崎さんは、地元の子どもたちが”“常磐ものが何かを知らずに育っていくことを懸念していた。魚種や栄養豊富な理由など、知識としての常磐ものを伝えるだけでなく、食べてそのおいしさを感じてもらうことで記憶に残るだろうという想いがあった。
「仕入れたものを鮮度が高いうちに加工できるのが鮮魚店の強みです。魚の取り扱いにも慣れている分、いい状態のまま離乳食を作れます。原材料の仕入れを安定して行えるのも、日ごろから市場に通っている魚屋ならではだと思います」
長年の経験を活かした魚屋の目利きで仕入れた常磐ものを、新鮮なうちに離乳食に加工するのだから、味も品質も子どもに食べさせたいと思えるものに違いない。
旨味のある素材の味を詰め込んで
ヒラメの離乳食は、米粉でとろみをつけただけの「ひらめのトロトロ」のほか、かぼちゃのペースト、にんじんのペーストをそれぞれ混ぜ合わせた計3種類をリリースした。
だしとなる旨味はヒラメのほかに、昆布と野菜のみ。添加物は一切使っておらず、パック詰めには加熱殺菌を用いることで保存料も不使用。安心して食べられるうえ、常温で約半年間保存できる。
思わず手に取りたくなる、やわらかでポップなパッケージにも注目してほしい。身体に良いものを食べさせられることに加え、モノとして手に取るワクワクを感じられるのは、子育て中の癒しにもなるはずだ。
出産祝いなどのギフト需要が多いのではという予想に反し、販売を始めてみると、日常使いや気軽なプレゼントとして購入されることが多かったという。「『使ってみたらすごく良かったので、友だちにもプレゼントしました』というお客様の声を聞けたときはうれしかったですね」と小野崎さん。
老舗鮮魚店「おのざき」初の離乳食の売れ行きは、想像以上で取材当日も売り場では売り切れとなっているほど。再販のタイミングでは、ユーザーの声にさらに寄り添うかたちでパッケージのリニューアルを行う予定だ。
文・蒔田志保 写真・鈴木宇宙 (写真3・7・8枚目 事業者提供)