‘‘黒“のおいしさを伝えるために
カネキ商店のみりん干し特有の‘‘黒“さだが、販売においては逆にネックになることもあるようだ。
「バイヤーさんが、『試食してみたらおいしいからウチで扱いますよ』と商品を店頭に並べてくれるのですが、色が真っ黒すぎてお客さんの反応が悪く、取引が1回で終わってしまうことが多かったんです。それが今まで20件ほどはありました」
食べてみれば間違いなくおいしいのだが、真っ黒な干物に手を伸ばす客は少ない。矢數さんは、おいしさが伝わるようにと商品のパッケージデザインに力を入れてきた。
震災以前は、ピロー包装という簡易的な包装で地元の名産品として土産店などで販売していたが、震災後は、復興庁の支援事業によって全国へみりん干しを販売する機会を得た。
そこで真空パックを導入し、日持ちのするみりん干しを全国へ届けられるようになったが、透明のパックにシールを張り付けただけの簡素なパッケージは、黒さがより目立ってしまい、みりん干しに馴染みがない人の反応はいまいちだった。
「いくらおいしくても伝わらなければ意味がない」
矢數さんは、商品イメージを変えるため、パッケージデザインの開発を進めた。にじんだタレは、おいしさの証だが、商品としての見栄えは悪い。そこで、にじみが目立たないように魚の形の小窓からサンマのみが見えるようにした。さらに梱包関係の方のアドバイスから、見栄えが良くなる白色を裏面に取り入れるなど、多くの方の意見を参考に現行のパッケージは完成した。
しかし、パッケージデザインにも影響する別の問題が起きてしまう。サンマの大不漁である。
サンマの大不漁。逆境を追い風に
もはや説明せずとも皆さんご存知であろう。サンマはここ何年も大不漁が続いている。もちろんカネキ商店もこの影響を大きく受けた。
漁獲量によって仕入れが難しくなるのもさることながら、大きく影響を受けたのは、サンマのサイズが落ちたことだ。現在扱っている大きさは、不漁以前のものと比べると3分の1ほど。頭や内臓を落として加工をしたら、さらに商品として成り立つギリギリのラインだ。
それによって、今までのパッケージもサイズが合わなくなってしまった。さらに、新型コロナウイルスの影響によって、販売店で試食を提供できなくなり、直接お客さんにおいしさを伝えられなくなってしまった。
次々に起こる困難だが、この苦しい状況を逆に追い風に変えるように矢數さんは商品のリニューアルに動き出した。
まず、サンマの仕入れが難しくなったので別の魚種でみりん干しをつくりはじめた。サバやイワシ、銀ダラ、ホッケなどを使い、みりん干しにバラエティ性を加えた。
「今はニシンのみりん干しを開発しています。ニシンは甘露煮が有名なだけあって、うちのタレとも合うんですよ。加工に合うニシンを見つけたので、今度の商談会に持っていく予定です」
さらにさまざまな魚種に対応するためパッケージデザインの変更も必要だ。
「次回の商談会では、どのようなデザインがいいか、色々な方の意見を聞いてくる予定です。皆さんが売りやすく、そしてお客さんが手に取りやすいデザインにしたいと考えています」
これまでの話の中で、商品の魅力を伝えるために多方面から意見を伺い、試行錯誤して商品に落とし込んできたことが何度もうかがえた。現状に落ち着かず、常にいいものを作り続ける姿勢が伝わってくる。
みりん干しを子どもたちへ
「和歌山や三重の方で“はりこ”と呼ばれるサンマの幼魚を丸干しにしたものがあるんですが、関西の商談会へ行ったとき「カネキさんでつくれないか」と相談を受けました。これならみりん干しにできない小さなサンマをむだにせず活用できるので、試作中です。SDGsの一環として、加工で出た内臓も肥料の原料として提供しているんですよ」
時代を見据えた先進的な取り組みは、先代から続く経営理念を受け継いできたからこそだ。
そんなカネキ商店では、この味を後世へ伝えていくためにも子どもにこそ食べてもらいたいという。
「うちの甘じょっぱいみりん干しはお子さんが好きな味だと思うんです。『魚嫌いのうちの子が、これだけは好きで食べてくれるんです!』とリピートしてくれる親御さんの姿があります。私にとってはそれが一番うれしいことですね。だからこそ、まずは商品を手に取ってもらうためにパッケージにこだわりました」
子どもたちに魚のおいしさを伝えたいと、試行錯誤をしながら伝統の味を守り続ける矢數さん。想いの詰まったリニューアル商品の完成がより待ち遠しくなった。
広がるみりん干しの可能性
最後に、みりん干しのおいしい食べ方を伺ってみた。
「みりん干しはオーブントースターで3〜4分軽く温めるだけでおいしく食べれるので、忙しいお母さんにおすすめですよ」と矢數さん。さらに、お酒との相性もよいのだとか。
「やっぱり日本酒に合いますね。ワインなら、白よりも赤のフルボディがおすすめです。和風ピザにも合いますよ。ネギやキノコ、チーズをのせて、みりん干しの秘伝のタレがアクセントになって絶品なんです!」
みりん干しのアレンジの幅は広く、天ぷらのほか、蕎麦に乗せたり、キムチ和えや炊込みご飯にも相性が良いのだとか。
「今後は、いわきの贈り物と言えば『みりん干し』と言われるくらいにこの商品を成長させていきたいです。手作業なので大量生産はできませんが、手軽に食べてもらい、魚を好きになってもらえるように、これからもこの味を守っていきたいですね」
みりん干しの持つ可能性は、これからの魚食文化をつないでいくだろう。
文・沼田俊哉 写真・中村 幸稚