甘じょっぱいタレにパリッとした歯ごたえ。ごはんのおかずやお酒のアテとしても相性のよい「サンマのみりん干し」は、福島県いわき市小名浜発祥の郷土料理だ。
その歴史は昭和23年に遡る。 もともとはイワシで製造していたみりん干しだったが、イワシの不漁をきっかけに小名浜で水揚げ豊富なサンマを使用するようになったのがはじまりだと言われている。
現在では、みりん干し加工店は最盛期の半数以下に減ってしまったが、先代から受け継いだ秘伝のタレを70年以上継ぎ足して守り続け、自慢のみりん干しを作る店がある。小名浜港から北西に位置する静かな港、中之作港に工場を構える「カネキ商店」だ。
今回、サンマのみりん干しをリニューアルに向けて準備中とのこと。いったいどんなみりん干しになるのだろう。代表の矢數美里子さんに話を伺った。
廃業の危機、伝統の味を残すと決めた父
昭和25年創業のカネキ商店。もとは冷凍業が主軸であり、当時小名浜にあった大きな工場には、いつも大量の魚が干し場に並んでいた。
「加工場は、女性の従業員さんが多くて、いつも和気あいあいとした雰囲気でした。当時の社長だった祖母は、女性でも楽しく安心して働けるようにと、社会保険はもちろん、送迎や社員旅行など職場環境を整えていました。私も一緒に熱海旅行に連れて行ってもらい楽しかった思い出がありますね。皆さん、一生懸命仕事をされていて、本当にいい会社だったんだなと思います」と、当時を懐かしむように矢數さん。
しかし、20年ほど前から小名浜港の漁獲量は落ち込み、世の中の魚離れもあり、同業者は数を減らしていった 。矢數さんの父・寅雄さんもその波に押され、冷凍業の廃業を決めた。
だが、みりん干しの注文は途絶えず、代々続くカネキ商店の味を残したい気持ちもあって、みりん干し業まで廃業するかは迷っていたという。当時事務を担当していた矢數さんも、このタレだけはなくしたくない想いがあったそうだ。「小規模でもいいから続けてみては」と父の背中を押し、みりん干し販売は継続していくことになった。
みりん干しの色に現れるおいしさの理由
サンマのみりん干しは、加工場によって味が違う。それぞれの店ごとにオリジナルの味があり、地元の人たちはひいきの加工場でしかみりん干しを買わないという人も多かった。
カネキ商店では、祖父が試行錯誤の末につくり上げたタレを70年以上継ぎ足しして、その味を守り続けている。
実はみりん干しと言っても、タレに「みりん」は入っていない。小名浜にみりん干しが伝わった当時から、塩と砂糖のみの製法が主流だったという。
その中でカネキ商店では試作を繰り返し、味が良くタレと相性が良かった洗双糖(精度の高いさとうきびの糖)と塩のみで製造している。タレに何度もサンマを漬けていくことで、アミノ酸化合物と糖が組み合わさる「メイラード反応」が起こり、みりん干しは茶褐色へ変わっていく。これはお菓子やパンと同じで、香ばしい風味をもたらすおいしさの秘訣だ。
カネキ商店のタレは長年の継ぎ足しにより色はさらに深まり、つやのある黒色だ。
「昔より黒くなっているよね」と、長年このみりん干しを食べているお客さんから言われ、気になった矢數さんは過去の食品サンプルを見返してみた。すると、その色の変化に驚きと感動を覚えたという。作るほどに、黒色は深み増し、香ばしさも増していた。カネキ商店のみりん干しの“黒”は、積み上げてきたうまさの歴史なのだ。
文・沼田俊哉 写真・中村 幸稚