水揚げされるサバやイカ、イワシなどを使った水産加工業が盛んな青森県八戸市。2009年創業の宝成食品株式会社も、そんな水産加工会社の1軒だ。
日本最大級とも言われる朝市で知られる館鼻岸壁のそばで、ズワイガニ、エビ、ホタテ、ホッキ貝、海藻類などの加工・製造・販売を行なっている。
八戸といえば前述のとおりサバやイカの水揚げで有名だが、同社の主な取扱品にそれらは含まれていない。
「『餅は餅屋』といわれるように、私が起業するずっと前からサバやイカを専門に扱っていた会社があったので、それらにはできるだけ手を出さないと決めていました」と話すのは、26歳で同社を設立した代表取締役の河村隆衛さん。その言葉からは、地域の産業振興への思いと商才がうかがわれる。
そんな河村さんが今回開発したのが、「食べられるカニ甲羅」を使った「かに甲羅グラタン」だ。斬新なアイデアを思いついたきっかけから商品開発に至るまでの道のりを伺った。
欠品をきっかけに「甲羅」づくりを着想
宝成食品の主力で売上げの約6割を占めるのが、ズワイガニ関連の製品だ。ところが昨年、カニの甲羅を器に使った商品を製造できないという事態が起こった。
実は、器に使われるカニの甲羅はほとんどが韓国からの輸入品で、以前から不漁や値上げ要望のストライキにより入荷や値段が安定していなかった。昨年、売上がピークとなる12月にも商品を製造できず、欠品せざるを得ない事態となってしまったのだ。
欠品は他メーカーの商品でも同様で、なかでも甲羅にホワイトソースを詰めた「かに甲羅グラタン」は状況が深刻だった。というのも、「かに甲羅グラタン」はスーパーなどでも人気商品のひとつで、冷凍食品コーナーを大きく占めるほどなのだ。メーカーだけでなく、量販店にとっても、それを購入している消費者にとっても衝撃的な出来事だった。
そこで河村さんが思いついたのが、甲羅型の器をつくること。しかも、「より付加価値の高いものを」と、「食べられる器」をつくろうと考えたのだ。
「輸入に頼らず甲羅を自分でつくれば、商品を安定供給できるしコストも下がります。しかもそのまま食べることができれば、ゴミが出ないから環境に優しいですよね。さらに、型をアレンジすれば他のメーカーや商品にも使ってもらえるかもしれない。『食べられる甲羅』は一石四鳥の製品になると確信したんです」
「飛び込み」電話で新規事業が動いた
取引先にこのアイデアを話をしたところ反応が良かったこともあり、2023年1月、河村さんは早速行動を起こした。
「食べられるカニ甲羅」をつくるために真っ先に頭に浮かんだのは、アイスクリームコーン。そこでコーンのメーカーに製造を委託しようと、片っ端から相談したが、ロット面で折り合いがつかず断念することに。「それなら自社でつくろう!」と計画を変更し、コーンや最中の皮の製造機械のメーカーを検索。大阪の北村製作所にたどり着き、電話をかけたのは2月のことだった。
「北村製作所さんには、『すごくおもしろいですね!』と興味を持ってもらいましたが、『でも、食べられる素材で甲羅をつくるのは難しいと思いますよ』とも言われていたんです。それでも今年中に機械を納められるようやってみましょう、と引き受けていただいたんです」と河村さんは当時を振り返る。
ちなみに、コーンのメーカーや北村製作所への電話は、すべて河村さんの「飛び込み」。その行動力に驚いたが、実はそれこそが同社の強みでもある。
自ら展示会に出かけ取引先を新規開拓
小学生の頃、八戸市内の朝市に出店していた祖母を手伝ったことが「商売の楽しさを知ったきっかけ」という河村さん。大学卒業後、市内の水産加工会社に営業マンとして勤めていたものの、「よりお客さまのニーズに応えた製品を提供したい」と独立。
当時、「現金も信用もなかった」という河村さん。創業当初はさまざまな壁にぶち当たったが、持ち前の行動力で営業先を開拓し、加工場を見つけ、仲間を集め、事業を安定させていった。その起爆剤になったのが、スーパーや量販店との直接取引。店への飛び込み営業のほか、展示会に出展して商品をPRし、新規開拓につなげてきた。
「特に展示会は重要視しています。新しい商品を探している人たちが来る場なので、うちの商品や私の話を興味を持って聞いてくれますし、逆に、商売のヒントや知識を得ることもできます。開催情報は自分で集めていて、今年はすでに10回ほど出かけていますね」
そんなバイタリティあふれる河村さんのビジネス経験のなかでも、「食べられるカニ甲羅」づくりは大きな挑戦。妥協のない商品開発がはじまった。
文:赤坂環 写真:川代大輔