埋もれない商品、パッケージでも勝負
藤田さんのセンスはパッケージにも発揮されています。
「数多くある水産加工品の中で、埋もれない商品を作りたい」
架空の”たけわ食堂”は線画、実際に入っている商品は実写で掲載し、コントラストが非常に面白いデザイン。デザイナーさんのイメージを基に、藤田さんのコンセプトに従い、試行錯誤の末、完成しました。
「老舗食堂の懐かしさと今っぽさ。両方を大事にしたい」
これまでの定番商品とは異なる新しいイメージで売り出したかったそうです。手に取るきっかけとなるパッケージでありながら、ただ単に目立つだけではない深みのあるデザインです。既存商品のイメージとのギャップが、吉と出るか…?老舗の看板を守りながらの挑戦は「いつも以上にドキドキですよ」と不安を口にしつつも、少年のような無邪気な笑顔が印象的でした。
豊富な経験を生かして
PBの商品を多数取り扱っていることもあり、長年蓄積されたレシピは豊富です。経験則が短期間での商品開発を可能にし、一定の形になるまでのスピード感には目を見張るものがあります。
藤田さんは開発の先輩・西村周子さんと二人三脚で作業を進めてきました。
「スタートダッシュができるからこそ、仕上げの最終調整に時間を割き、完成度を高められるんです」老舗ならではの為せる技です。
仕事で迷いが生じた時には、奥さんやお子さんの率直な意見を聞くこともあるのだとか。にしんの商品は、チャレンジングなメニューとのこと。臭みが苦手という人もいるかもしれませんが、藤田さんは
「にしんのおいしさを知ってもらえるはず。食育を兼ねています」と自信をのぞかせます。
店主になったつもりで
「本当においしいものを食べて欲しい。店主はおいしい料理しか提供しませんよね」
4つのメニューは、いずれも藤田さん自身がたけわ食堂の店主になった気持ちで考案したのでしょう。「藤田店長ですね!」と呼びかけると…
「店長…いや、私はホールスタッフくらいで(笑)」と、急に謙虚に。
クリエイティブな力が試される仕事に「開発が行き詰まったらどうしていますか?」と問うと
「スーパーやコンビニをうろうろしてリセットします」と藤田さん。一般にリサーチと呼ばれる行為に「それって、仕事ですよね?!」思わず突っ込んでしまいました。ストイックな一面を見せつけられた気分です。淡々としているように見えるのですが、実は藤田さんはめちゃくちゃ熱くて面白い人…!!
「スーパーに行くと小売店のバイヤー時代が懐かしくなって、ほっとするところもあるのです。仕事を抜きにして、奥さんの買い物にも必ず一緒に行きます。主婦は何に反応するか、どんなものが売れるのか、観察が楽しくて。」
消費行動を読み取ることが楽しく、リラックスになるというのは、今の仕事が天職であることの証拠にほかなりません。
地域の魚の魅力
八戸で水揚げされた魚を鮮度良いまま加工できるのが、地域の力です。お世話になった先輩がスタートしたプロジェクト“八戸ブイヤベース”の立ち上げにも協力しました。八戸の飲食店10店舗以上が参加し、それぞれの店の特色を生かして地魚でブイヤベースを提供する地域の連帯感いっぱいの企画。
「こんなものも捕れるんだと、八戸の魚種の豊富さをおいしく知ってもらうことが目的です」サバとイカだけにとどまらない、八戸の魚の魅力がもっと伝わればと願っています。
未来を描く
新商品を通じ、若い世代に魚を食べてもらうことは一つの目標です。常温でおいしいお魚を気軽に購入してもらい、八戸の新しいお土産文化になればとも願っています。
藤田さん自身が食べず嫌いだった経験から、間口を広げて魚を食べるきっかけにしたいとの想いもあります。
「実は、入社前、しめさばも得意ではなかったのです」と恥ずかしそうに教えてくれました。続けて「実はにしんも苦手だった…」と。人間味に溢れています。そんな藤田さんだからこそできた、広くたくさんの人に受け入れられる商品です。
今後の展望を問うと、ずっと饒舌だった藤田さんが少し考え込みました。
「未来の設計図、事業計画は大事ですが、どちらかと言うとその時々のトレンドを大事にしています。月単位で移り変わり得るトレンドに敏感でありたいですね。そして、時代に沿ったものを作っていきたいです」
開発として長く愛される商品を目指す一方、「今」も大事に。自社製品とは関係のない商品にも、商品開発のアイデアが潜んでいると考え、情報収集に余念がありません。
子どもの流行や音楽、芸能、若年層を中心とした話題など、オールジャンルで知識を取り入れます。
「アンテナは幅広に。死ぬまで勉強だと思うし、勉強をやめたら時代についていけなくなる。お客さんの気持ち、買う人の気持ちは常に意識したいです」 エネルギーに溢れています。
取材を終え
懐かしくて、新しい「八戸 たけわ食堂」が実在したら楽しいだろうなぁと思いながら、八戸をあとにしました。
今回取材を担当した私は、現在フリーランスでライターや食品の企画開発に関わらせていただいています。実はこの私、下町の中小飲料メーカーで社会人生活をスタートさせました。武輪水産さんを訪れ、全員が社名入りのお揃いのジャンパーで机に向かう姿に、新入社員時代の職場を思い起こし、非常に懐かしくなりました。
中小企業でPB商品を請け負うメーカー。当時、自社商品(NB)や、ネットショップの立ち上げを担うなど業務内容が似ていたため、つい勝手に藤田さんに親近感を覚えました。
取材を終え、ふと、今も当時の会社にいたらどんなことをしているかな?と考えを巡らせました。偉そうなことは言えませんが「理想は、藤田さんのような仕事ぶりだったなぁ」と。消費者やメーカーの気持ちに限りなく寄り添い、自然な流れで商品化へと形にしていく藤田さん。日々、スーパーやコンビニでのリサーチも楽しみながら、とことん極めていく。私の憧れる食との接し方を具現化している人なのだと、尊敬の念を抱きました。
今年のお歳暮は、お世話になったかつての上司に、武輪水産さんの商品を贈ることに決めました。
文・写真:石山静香