ハマグリの商品化
完成したばかりの加工場で初の加工品には地元の特産品を使います。“九十九里産ハマグリの酒蒸し”…聞いただけで旨味が広がる贅沢な響きです。
しかし、大きな課題がありました。
「冷凍だとあまり美味しく感じなかったんだよね。当然プリプリした生の食感はある。でもなんか美味しくないんだよ。これ何だろうって。ヒラメの柵とかは美味しいのに」その理由を考えました。
「ハマグリって貝2枚で身を包んでるでしょ。多少空気が入ってると思うんだよ。それが悪いのかなと思って。それで貝を開いてみた。食べてみたら、丸のままより食感はいいし、うまみもある。これだ!と」
美味しさを実感し、ハマグリでの商品化が描けた勝信さんは即行動。スチームコンベンションオーブンを発注します。
イケイケどんどんで機材を購入しましたが…またしても? 勝信さんのほっこりエピソード。
「いや〜、オーブン買うまではよかったんだよ。これは一気に大量にできる!凄いぞ!ってね。でも、今までフライパンで作っていたから、大量にできた酒蒸しを冷やすことを考えていなかった」とまたまた豪快に笑います。本当に憎めない人たらしです。
気配りのきっかけ
食品加工は、未経験でゼロからのスタート。しかし商品から伝わってくる気配りには目を見張るものがあります。その理由は過去の出会いにありました。
勝信さんは若い頃、地元旭市で当時の大手冷凍食品メーカーの会長を囲み、各一次産業分野の若手がプレゼンする機会に参加しました。慰労会で会長から「君は若いけど、何かやりたいことはあるの?」と尋ねられ「自分で獲った魚を自分で流通させたい」と答えた勝信さん。翌日すぐにそのメーカーの関連会社から、獲った魚を定期的に発送してほしいとの依頼がありました。
その際に商品を発送する注意点、包装に関するイロハを学ぶことができました。
「会長さんに感謝です。なんで俺のところに連絡くれたのか、担当の方を通じて聞いたら『あいつはいい目してるから、1回会ってやって』っておっしゃったそうです」
その経験がネット販売、そして不動丸ブランドに生きています。
「うちは何かあったらすぐ代替品を送る。当然送料もみんなこっち持ち。次に繋がるか繋がらないかわかんないけど、そこは正直にやっています。スタッフにも絶対いい加減な仕事するなよって。もちろん人間なので、いくら気をつけても間違いは起こりますけどね」
梱包の際、ガムテープの開封口に目印をつける等「ちょっとした気配りが大事」といいます。
実際驚きます。不動丸さんからいただいた発泡スチロール箱は、まさか水産物が入っているとは思えない綺麗さ、無臭なのです!届いた後の一般家庭のことまでしっかり考えられているなあと、“ちょっと”というには足りなすぎるほどの、“すごい”感動がありました。
「ありがとう」「美味しかった」を直接聞ける
「漁師だけだったら、ありがとうって言われなかった」と勝信さん。やり続ける原動力は、そこにありました。
「実際食べてもらって、本当に美味しかったって言われるのはいいなって。漁師に専念していたら人と接する機会も少なかった。もっと色々やってみたい」
疲れ知らずの、好奇心旺盛な“少年”勝信さんです。
頼もしい妻の力
妻の友美さんは旭市の隣、銚子出身。典型的なサラリーマン家庭で育った友美さんに今の暮らしはどう映っているのでしょう。
「抜きん出ている人って、どこかで苦労してて、そしてそれを解決してやってきてるんですよね」と淡々と語ります。
東日本大震災で被災した遠藤家では、船も二隻流されてしまいました。結局船は後で戻ってくるのですが、その時の浜の様子は“船の墓場”で、船が丘に上がったり、沈んだりしていたそうです。
「あの時主人、すごいがっかりして『終わりだ』って。でも私とお義母さんは『船はそうだとしても、命はあるんだし、生きていればまたできるでしょ』って。やっぱりこういう時に女の人は強いですよね」
かわいらしいのに逞しい。東北の被災地でも、震災直後はまず女性が動いていたことを思い出しました。
これまで幾度も“賭け”のような状況を克服してきた遠藤家。友美さんの大きな包容力と度胸はなくてはならないものに違いありません。
後を継ぐ人へ
「俺の代だけの単発で終わらせるのは簡単。どうやって次の世代、うちの子どもたちじゃなくても、次の誰かに渡すか。そのためには、今、土台を作らないと」自分たちがある程度うまく回るようになれば、周りの漁師も良くなる。今も仲間の獲った魚介を市場よりも高値で購入しています。
「周りの人も少しでも良くなればいいなと。それをちゃんとわかってくれて、応援してくれる人もいる」そんな気持ちで精力的に取り組みます。若い頃から横やりも少なくありません。叩かれても、打たれても、絶対に負けません。それでも「後ろ指刺されるようなことはしていないから」と、ただただ、真っ直ぐな勝信さんの、地域や人への愛情がひしひしと伝わってきました。
地魚は生きがい
「俺は元々漁師だからね。地魚がないと物事全部動かない」と勝信さん。 「それを追い求めるっつうのは、やっぱり生きがいってことだよね」常に上を目指す勝信さん。そして、支える友美さんさんや子どもたち。商品には嘘のない誠実さが表れています。発泡スチロール箱のあの感動的な綺麗さは、遠藤家の純粋さそのものです。
取材直後、休む間もなく「網をかけにいくんで!」と慌ただしく駆け出す勝信さん。
「こっち来る時は寄ってくださいねっ!」この浜一番の働き者は夕焼けの海に消えていきました。
お邪魔した日はシェフのサポートをもらったばかりで、試作段階の最終段階…の“ハマグリの酒蒸し“をちゃっかりいただき、翌朝ご馳走になりました。 熱の入れ過ぎで旨味を全部とばしてしまう心配もなく、美味しいところが詰まっています。パックのまま、湯せんにぽちゃっといれておくだけ。プリプリ食感!いい塩梅のほんのり塩っけに、ひろがる旨味…、まさに料亭の味です。手間いらず、食べたい時に食べられる手軽さも、ポイント。
「人生で一番贅沢な朝食」です。
目上の方への贈り物にも喜ばれること間違いなし!真っ直ぐ、背筋を伸ばして贈りたい逸品です。
文・写真:石山静香