(開発商品)恵海(めぐみ)シリーズ~ありそうでなかった、食べられる程きれいな海水で調理した魚介 ~
恵海あわび、恵海ほたて、恵海鮭とイクラ親子づけ、恵海たこ、恵海ほや
“ひょっこりひょうたん島”のモデルの一つといわれるひょうたん型の蓬莱島がある岩手県大槌町、大槌漁港沿いにある水産加工場「伝左衛門屋」。
「伝左衛門屋」は、大槌町で三百年以上続いた網元でした。後継者がおらず、網元はやめたものの、そのDNAはこの加工場に受け継がれています。
加工場を運営するのはデジタルブックプリント株式会社。ご担当の福田久美子さんのご実家は、伝左衛門屋の分家。お父様は漁師でした。
大槌町で起業
大槌から上京して就職、結婚後にご主人が独立し、データ入力や電子書籍事業を展開。その後、福田さんも起業し、東京で大槌町の食材を使った飲食店を経営。
データ入力関連で外部スタッフを多く抱えていたこともあり、大槌町でも雇用の機会を創出できるのでは、と考え、2010年年末に、大槌町にデジタルブックプリント社の事務所を開業します。
設立のきっかけは、総務省のICTによる町おこし事業に町長や役場の方々と取り組んだこと。当時は、町長達の要望もあり、スキャナーなどを導入するなど設備も揃え、IT企業としてスタートしました。
その直後、2011年3月に東日本大震災が発災。事務所も津波で流されてしまいます。町の復興を支援するにあたり、電子書籍の制作から業務を再開、徐々に魚介類の産直出荷も復活させていきました。
「大槌町は、小さな漁師町。周りに釜石市等の都市があり、どうしても陰に隠れてしまう。加工品のパッケージを変えただけでは特徴を出せないと考え、うち独自の製品を作って世に出してみたい」と加工場設立に至りました。
原動力 やり続ける覚悟
震災後、復興支援で入ってきた人たちはどんどんいなくなっていきます。「それどころじゃないんですよね。色んなことは起こるし、他の地域で次の災害が起きるかも知れないですし。長期的に大槌町に愛情注げる人はなかなかいない。10年以上が経って、町のために動ける人が減った時、誰かが最後まで協力しないといけないんじゃないかなと…」「こんな時だからこそ、もしかしたらこの先、役に立つ時が来るのかもしれない」
福田さんの故郷への思いは、実は震災前から募っていたそうです。「父が漁師で貧乏でしたし、大槌にあまり未練はなかった。ただ、いわゆるお金や経済を外して考えたときに、客観的に大槌の素晴らしさが浮かんできたんです。景色も綺麗で、ひょうたん島等の景勝地もある。食べてきた食材の美味しさなど…。そういったかけがえのないものがあって、本当に素晴らしいなぁと。素直にこれを日本中、世界中に配信していきたいと思いました。そして、それがこの町の力になったら良いなと」
離れてみて改めて溢れてきた故郷への想いが、大槌町の町おこし、そして復興支援に繋がっています。親や家族も地元で暮らす中、中途半端なことはできません。「自分としてはまだまだこれから。長期戦だと思っています」静かな口調の中に、福田さんのしっかりとした覚悟が見えました。
技術の進歩と、なお残る課題
永年、産直品を東京に売りたいと思い続けてきた福田さん。「漁師の娘でしたので、ホタテやアワビがどれだけ美味しいかは理解していたんです。東京にも送り込んだら売れるんじゃないかという想いはずっと抱いていて。でも実際、送る側が喜ぶだろうと思って送るにも関わらず、送られた方は、殻が開けられないとか処理できないとか、美味しいんだろうけど、それをもらっても実はありがたくなかった、という経験が結構ありました」と苦笑。
では、どうやって本当に美味しいアワビやホタテを食卓に届けるのか。「冷凍技術が発達しているので、昔に比べると、だいぶ鮮度良く冷凍することは可能になりました。それでも流通段階やご家庭での保管、解凍の仕方だったりと…本当に地元の味をどう再現するかは、日本中の課題」と福田さんはいいます。
恵海(めぐみ)シリーズ~ありそうでなかった、食べられる程きれいな海水で調理した魚介~
アワビやホタテ本来の、すごく美味しい、「地元の味」を届けるのは至難の業。手軽に食べられて、とれたての味をそのまま再現できるような方法を模索していたところ、天然の海水を取水して、パックしてみたらどうかというアイディアが出てきます。
「試しにやってみたら、本当に獲ってその日食べたぐらいのコリコリ感で。
アワビって、冷凍するとちょっと柔らかくなったりするんですけど、それがない。ホタテも、いわゆる冷凍後に解凍した時の食感じゃない。もちろん、獲れたてを地元で食べるのとまるっきり同じにはならないのですが、満足できる本物に近い美味しさのものができたんです」
海水はカリウムやマグネシウムなどのミネラルが豊富。匂いを抑える効果もあります。江戸時代には、海水を調味料の代わりに使うこともあったそうですし、現代でも地元沿岸部では、調理に海水を使用するのはめずらしくないようです。
「アワビやウニ、ホタテなども海で獲ってそのまま海水で洗って食べるのが一番美味しい」と福田さん。こればかりは現地に行かないと味わえません。
「魚介類が元々棲んでいる海にいる、そのままの状態で自然に冷凍されているというイメージです」目の前に広がる“海水”という自然素材でパックすることで、納得がいく美味しさと手軽さを実現できました。
自宅に居ながらにして、夢のような魚介が食べられる。魚介と海水、まさに海の恵みがつまった商品です。
特殊な地質で海水が「食べられるくらい」綺麗
細菌や不純物が混ざっていない、完全に綺麗な状態の海水がある地域はまれです。大槌の場合は、海に2つの川(大槌川、小槌川)が流れ込み、自然の砂礫が堆積しており、その砂礫により濾過された状態で海水が出ています。
大槌の海水は保健所から食用として利用許可が出るほど綺麗な海水。さらに牡蠣などの貝を一晩、二晩漬ければ生食用で出荷できるほどの優れた浄化作用を持つ、希少価値の高い海水です。
「これは、地域資源としてのプラス要素として、価値があるかもしれない」と福田さんは直感しました。
特殊な井戸海水
この井戸海水は、非常に特殊な海水です。
加工場と海との境目の岩壁に砂礫が堆積しており、海水が入ってきて常時自然と濾過されています。しかも海と繋がっているため、滞留せず常に入れ替わっている新鮮な海水です。
また、大槌町は元々湧水が非常に多い地域。海水に湧水が混ざることで、塩分濃度が下がり、水温が夏は冷たく、冬は暖かいという特徴もあります。こうした好条件が重なり、パックしてもほどよい塩味に。
「例えば、タコは海水で茹でるのですが、塩加減もちょうど良くてとても美味しくなりますね」嬉しそうに教えてくれます。「ありそうでない」商品実現のカギは、そのいい塩梅の塩分濃度にもあるのです。
パックに充填した海水はあくまで保存液で、魚介を取り出したら捨てられるはずでしたが、料理人の方から「この海水は調理に使える!」と太鼓判もいただきました。海の恵みの可能性はさらに広がりそうです。
銀鮭の陸上養殖の実証実験
「塩分濃度が低め、水温が夏は冷たく、冬は暖かい」井戸海水の特徴は、陸上養殖の研究者たちの目に止まりました。
現在、伝左衛門屋では、銀鮭の陸上養殖の実証実験も始めています。銀鮭は水温が20度を超えると死んでしまうそうですが、井戸海水は、冬は海水温より暖かく、夏はギンサケの斃死(へいし)する20度以上に上がることもありません。海水で銀鮭が1年中生きているのは日本国内でこちらだけだとか。昨今、鮭の急激な減少に伴い、町の強みになればと期待を寄せられています。
文・写真:石山静香