2023.12.22
福島県2023.12.22
郷土愛を詰め込んだ兄弟の
「平目と生海苔の海鮮ぶっかけ丼」全国へ〈後編〉中澤水産有限会社

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中澤水産有限会社

震災後の苦しい日々を乗り越えて

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収穫最盛期を前にアオサが育つ松川浦

2011年3月11日、相馬市では高さ9mを超える津波が記録された。

津波は松川浦にも押し寄せた。正英さんはトラックの荷台に高齢者を乗せながら高台に避難し、一命を取り留めたものの、敷地内にあった自宅は流失し、事務所も活魚水槽も浸水した。漁港や市場も被災し、原発事故が起きて福島県の漁業が操業停止になったことで、事業は一時中断。正英さんはいったん千葉の関連会社に異動することになった。

「当時、私は大学生でしたが、家業はいつ再開できるんだろう、地元はこれからどうなっていくのだろうと、不安でした」(久仁彦さん)

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震災当時は大学生だったという久仁彦さん

約1年後の試験操業が開始と同時に正英さんは事業を再開したものの、多くの魚種が出荷制限されていた当時、水揚げはないに等しかった。アオサの天日干しも見られなくなり、長引く自粛期間中に廃業する加工業者も出て来た。正英さんは「アナゴの開き」などの加工品の量産に挑戦しながら、粘り強く漁業の復興を待った。

光が見えはじめたのが震災から10年を数えるころ。

2021年に試験操業の期間が終わると、以降は本格操業に向けた移行期間となり、久しぶりに市場に活気が戻ってきた。一時は暴落したヒラメの価格も回復し、震災後に縁ができた大手スーパーや寿司チェーンとの取引が本格的にスタートするなど、事業の本格的な再開を目指す中澤水産にもようやく、明るい兆しが見えて来た。

父の会社を兄弟で守っていく

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相馬原釜港で左から由樹さん、正英さん、久仁彦さん

そして、漁の本格操業と将来の事業継承を見据え、ふるさとに中澤兄弟が戻ってきた。一足早く仲買人修行をはじめた弟・由樹さんの姿に触発され、久仁彦さんも「父が震災を乗り越えてまで続けてくれた会社を、今度は自分たちが盛り上げていこう」と決断した。

そんなふたりがそろったのが2022年4月。魚市場で仲買人修行に励みつつ、2023年春頃から商品開発にあたり、完成したのが「平目と生海苔の海鮮ぶっかけ丼」だ。

船上で漁師が作るまかない料理「ぶっかけ丼」に着想を得た商品で、コンセプトは「忙しい子育て世代の家事負担を軽減できる商品をつくること」。前職で主にキッチン設備の開発を担当し「お客様から寄せられた声を商品開発につなげてきた」という久仁彦さんが、経験を生かして考案した。

「子育て、仕事をしながらの家事は本当に大変。以前の職場ではそうした声にお応えする製品を開発してきました。今回のぶっかけ丼でも、台所に立つ主婦の家事負担を軽くできるよう、調理工程をできるだけ少なくすることを心がけました」と久仁彦さん。

その言葉どおり、「ぶっかけ丼」は真空パックのまま流水につけて解凍し、パックを開けて温かいご飯にのせれば料理が完成する。包丁要らずの上、洗い物も最小限で済むので、共働き家庭の食材ストックにはぴったりだ。

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中澤水産こだわりのヒラメ、アオサがのった海鮮ぶっかけ丼(イメージ)

相馬の海を代表する味覚同士の組み合わせ

兄弟で話し合いを重ね、「ぶっかけ丼」の材料は相馬の海を代表する味「ヒラメ」と「アオサ」の組み合わせに決めた。「ヒラメ」は言わずと知れた『常磐もの』の代表。長年取り扱ってきた仲買人として、品質には自信がある。

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海鮮ぶっかけ丼の盛り付け例(商品イメージ)

ぶっかけ丼は、生のヒラメを一口サイズの切り身にし、アオサと一緒に甘い白しょう油に漬け込んで完成させる。おいしさを左右するのはヒラメの鮮度と肉質だ。何度も試作しながら、商品に適したヒラメのサイズを研究し、中級の4キロ前後のものが、しっかりした歯ごたえがあっておいしいことが分かった。

そして、ヒラメに組み合わせる松川浦のアオサは久仁彦さんにとって、幼少期から見て来たふるさとの象徴ともいえるもの。

「漁師さんは潮の満ち引きをみながら、朝晩、船を出して養殖棚の高さを変えるんです。それが松川浦の景色の一部にもなっているんですよね」と、目を細めながらすぐ前の海を見つめる。

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間もなくアオサが収穫最盛期を迎える松川浦

みそ汁の具材や天ぷら、佃煮など地元を中心に愛されてきたアオサだが、震災後7年間にわたる出荷自粛中に廃業してしまうケースも多かったという。漁が復活してからは、知名度が上がり、和食ブームに乗じて海外輸出もはじまっている。

「松川浦のアオサはどこに出しても評判が良い。食べ方さえ伝われば、さらに広まっていくはずです」と久仁彦さん。ぶっかけ丼に入れてみると、ヒラメの淡白な白身にアオサの香りが絡んでおいしさを引き立てた。ヒラメとアオサを漬け込む出汁の塩味も程よく調整し、飽きがこないように仕上げた。

兄弟で相馬の漁業を盛り上げたい

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天然のトラフグも地元いち押しの食材

いま、魚市場に立つ父のかたわらには、久仁彦さん、由樹さんがいる。

高齢化が進む漁業の現場で、まだ30代のふたりはひと際目立つ存在だ。父のそばに付き、各所から最新の市場価格を仕入れているのが由樹さんで、久仁彦さんは主に取引先とのやりとりや顧客の新規開拓が主な役割。競りのあとの出荷作業は家族総出で、それぞれの妻も手伝う。2人とも同時期に子宝に恵まれており、ふるさとの暮らしがいっそうにぎやかになった。

「震災があって一度失いかけたからこそ、生まれ育った相馬の海の素晴らしさや、当たり前の暮らしの大切さに気付くことができました」という久仁彦さん。「いまは、父と弟と3人で仕事の話をしている時間が一番幸せ。震災を乗り越えて父が守ってくれた会社を次の世代につなげていけるよう、兄弟ふたりで相馬の漁業を盛り上げていきたいですね」と話す。

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魚市場で働く中澤さん親子3人

久仁彦さん、由樹さんは今後も相馬の海の魅力を詰め込んだ商品を開発していく予定だ。アサリやホッキガイ、メヒカリ……自信をもって売り出せる海の味覚がここにはたくさんある。特に注目しているのは福島県が「福とら」としてPRしている天然のトラフグで、兄弟でフグの調理師資格も取得し、幅広く商品づくりの可能性を探りたいという。

その足がかりになるのが、ふたりが帰郷後に作った第1作目の「平目と生海苔の海鮮ぶっかけ丼」だ。一口食べれば口のなかいっぱいに広がる磯の香り。相馬の海で働く人々と美しい松川浦を思い浮かべながら、兄弟の熱い郷土愛が詰まった「ぶっかけ丼」を味わってほしい。

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文・写真 荒川涼子