水産加工業者が直面している危機的状況
卸し業を中心として営んできた「海幸」が今回の「福島常磐鍋セット」のような自社製品の開発に取り組みはじめたのには、水産加工業者が直面している危機的状況がある。
「うちはもともと地域密着で、地産地消をメインにやってきた会社です。従来であれば、大きな魚は生食用として流通し、小さめの魚は開きモノや煮付け、缶詰などの加工用として流通するという形態で行ってきました。しかし、特に今年は水揚げ量が例年よりも少なく、水揚げされた魚のほとんどは高単価の生食用として流通してしまうため、我々のような二次加工業者にまで回ってくる原料が少ないという問題に直面しています」
海幸は、年間を通じて、多種多様な魚種を取り扱ってきた。仕入れが困難な状況だが、今はさまざまな魚を扱えることを強みとして、魚種に制限をかけずに加工していこうという動きが強まっているそうだ。
その強みは、今回の「福島常磐鍋セット」の開発にも活かされているという。
なぜ「福島常磐鍋セット」というネーミングになったのか
「福島常磐鍋セット」というネーミングにはいわきの港に水揚げされる魚の種類が毎年変動する、という海自体に起きている変化も関連している。
つまり、今年大量に水揚げされた魚種が来年も安定供給できるとは限らないのだ。魚種にこだわるよりも、その年その年に水揚げされる魚を使ったおいしい鍋を楽しんでもらいたいと考え、この名称に着地した。これはまさに多種多様な魚種を扱ってきた業者だからこそできる発想の転換だ。
「今年はアンコウとタラとさつま揚げのセットですが、来年はもしかしたらガラッとラインナップが変わる可能性もあります。むしろ楽しみ方の一つとして、去年とどう内容が変わったのかというのを会話のネタの一つにしながら鍋を囲んでもらいたいです」
塩ベースタレの汎用性とおすすめの食べ方
味の決め手となるタレは塩ベースで作られている。だが、開発段階ではほかの味も検討したという。
「開発段階ではしょう油や味噌もタレの候補にあったのですが、いろいろな魚に合わせられる、かつ、あおさのりとの相性が抜群の塩ベースのタレの汎用性が決め手となりました。結果として、『まるで海!』の感じが演出できたのでこれが正解でしたね」
実際に、鍋セットを食べる際のおすすめの食べ方について伺った。
「寄せ鍋のようなイメージで好みの野菜を加えて楽しんでほしいです。おすすめは、オーソドックスな白菜やネギ、きのこですね。100グラム入っているあおさのりは半分を残しておいて、鍋の最後に雑炊をするときに残りの半分を入れてみてください。しばらく蓋をして蒸らし、パカっと開けると濃厚な海の香りが広がります。お腹いっぱいに鍋を堪能したあとでも、食欲をそそられますよ」
魚っぽさのない商品を作りたい
自社製品の開発を行う際に遠藤さんは大切にしている視点がある。それは、魚があまり好きではない人たちにも喜んでもらえる商品作りを目指すことだ。
「魚があまり好きではない人たちに食べてもらえる『魚っぽさのない商品』を開発することが重要だと思っています。今の子供たちも魚っぽさを感じさせない商品を開発するとおいしい、おいしいと喜んで食べてくれます。鍋セットは普段あまり魚を調理しない家庭でも手軽にできる点が大きな魅力だと思いますし、この鍋を通じて、一人でも多くの人にいわきの魚のおいしさや福島の豊かさを伝えていけたらうれしいですね」
海の魅力をたっぷりと詰め込みながらも、子供から大人まで、魚好きにも、魚が苦手な人でも、できるだけ幅広い層に楽しんでもらうことを想定した福島常磐鍋セット。
年末年始の親戚の集まりや、友人たちとのホームパーティー、ちょっと豪華な週末の家族ご飯など、どんな場面でも鍋を一緒に囲む人たちの気持ちを一つにしてくれるだろう。手軽においしく食べられるからこそもたらされるそんなかけがえのない時間こそが福島常磐鍋セットがもたらしてくれる最高の贅沢なのかもしれない。
文・写真 田川薫