福島県いわき市のマグロを専門とする山菱水産株式会社。初めて訪れた方はきっと誰もが驚くはず。まず下駄箱で「来るところを間違えたかもしれない?」と、水産に限らず様々な企業を訪ねた経験をもってしても戸惑いを隠せませんでした。エレベーターを降りた先の、宇宙ステーションを彷彿させる前衛的なデザインのオフィスからひしひしと伝わってきたのは「水産業のイメージを変える」強い意志でした。
山菱水産ではマグロ専門に、漁業養殖の研究開発、海外での水産資源を守る漁労育成、首都圏と東北間の冷凍倉庫兼加工工場などの事業を展開しています。2022年から始めた福島県葛尾村で国内最大規模を目指すエビの陸上養殖は業界中から熱い注目を集めています。
創業は昭和52年ですが、前身の“村山漁業”は江戸時代から続くマグロの網元がルーツ。昔から知る地元の方は「全く別もの!目を見張る成長っていうのはこういうことだね」、 と教えてくれました。まさに未来・次世代を見据えた挑戦、地域を牽引する企業です。
どんなとんがった方が登場するのかと不安が過ぎる中、丸顔の笑顔から人の良さがにじむ総務・坂本修朗さんが迎えてくれました。「私も昔、マグロといえば1種類だと思っていたんですよ。でもこの会社に入ってマグロの、そして水産の奥深さを知りました」総務課の肩書きながら、今回の商品企画者であり、マグロの加工・出荷までをも一手にこなすオールラウンダーです。
「マグロの山菱」の新たな挑戦、BtoC
自前のマグロ船による遠洋マグロ漁を20年ほど前まで続けており、世界中のマグロ漁場を知り尽くした山菱水産は“まぐろの山菱”の名を冠し、マグロ加工では日本で三本の指に入る生産量と体制を誇ります。“まぐろのたたき”と、巻きずし用に加工した“まぐろのたたき巻き芯”などを主力商品に、取引先は北海道から中国・四国まで及び、遠くはカナダやアメリカにも輸出しています。福島県内のスーパーの巻きずしを食べたことがある人は、誰もが一度は山菱のマグロを食べていると言っても過言ではないそうです。
そんな山菱水産が今回、新たにBtoCへと挑戦する背景には新型コロナウィルス感染拡大による市場の変化がありました。「コロナ禍で、主要な販路のひとつである飲食店向けの取引が激減した一方、スーパーはもちろん、生協など宅配事業者向けの販売、つまり家庭用食材の需要が大幅に増えたんです」坂本さんは食べる場所が変わっただけで、マグロの消費量は変わっていない点に着目しました。
もともと、取引先スーパーと協働での売り場づくりが得意で「山菱がいないと売れない」と言われる程の信頼と実績を積んできた経験を活かし「自宅で高級なマグロを解凍に失敗せず手軽に食べられる、“便利かつ特別な商品”」をコンセプトに、更に消費者と直接コミュニケーションができるBtoC向けの商品開発がスタートしました。
“まぐろの山菱”の旗艦商品を目指して
坂本さんは営業の経験もあり、長年のマーケティングで、市場の動向、求められる品質と客層は分析済みでした。
B to Bでは確固たるシェアを確立しているものの、一般の方に“まぐろの山菱”としての知名度はほとんどないため、まずは会社を知ってもらうための代名詞になるものを、と考え、年間何千トンも取引をする中からの選りすぐり、自社の中でも頂点に君臨する最高品質のマグロで勝負することにしました。それが今回の “最高級アイルランド産天然本鮪サクセット”です。 早速、そのこだわりを教えていただきました。
1つめのこだわり 産地・漁獲時期限定の“アイルランド産”クロマグロ
世界中で流通するマグロの1%に満たない程の天然本マグロ。中でも特に極上のマグロ漁場として名高いアイルランド沖産クロマグロは、水温10度の冷たい海の荒波を泳ぎ、たっぷりと脂肪を蓄えるため高い評価を受けています。
“最高級”と聞くと、国産の名産地を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?私が不思議に思っていると「昔から生のマグロが獲れる日本の場合、海外の漁場にあまり馴染みがないんです。日本の場合、アイルランド産マグロは高級鮨店や一部の百貨店にしか並ばないのです」と坂本さんが教えてくれました。知る人ぞ知る、別格です。
「季節によっても味が変わるので、一番美味しい10月に獲れたものだけを仕入れをしています」卵を持っている時期のエビをエサにしたマグロは、特に脂ののり、甘味が増して色味もよく極上です。「誰でも解りますよ!食べると違いは歴然です」坂本さんは断言します。
さらに、江戸時代からの歴史に基づく原料調達ネットワークは国内唯一、漁獲技術の高さにお墨付きの日本漁船が捕獲することも山菱水産だからこその特筆すべき点です。
2つめのこだわり 熟練の目利きによる選別
次に、山菱水産のマグロのブレることのないおいしさには、この道約40年以上、業界内で知らない人がいない熟練の目利き、君塚好春さんの存在が不可欠と言います。「君塚さんが市場で目利きのために歩くと、その後ろを他社の買付人がゾロゾロと何人もついて回るんです。君塚さんがどんなところを見ているのか?何をしているのか?みんな学ぼうとするのです」坂本さんは入社当時の研修を思い出し、愉快そうに教えてくれました。「君塚さんはマグロ1本眺めただけでおおよその良し悪しを判断できると言うんですよ」目利きをしたものは、さらにそれぞれ、この部分でこういう商品を作る…とイメージし、鮮度で7段階、脂ののりで10段階に選別します。
目利き中の目利きが選ぶマグロには社内外からの絶対の信頼が寄せられているのです。坂本さんの口ぶりからも大ベテランへの尊敬の念が感じられました。
3つめのこだわり 最新設備と技術 (最新設備:HACCP、冷凍保管:パスカルエア)
「水産というと、寒いところで1日中魚を捌いて、手はいつも生臭くて…みたいなイメージがあると思うんですよ。でも、うちの工場はむしろ精密機械工場に近いんです」確かに、社内で魚の気配を感じることはなく、むしろIT系企業にも思えるほどなので、なるほど…坂本さんの例えにに納得です。
厳しいEUHACCP(対EU輸出水産食品取扱施設)認証も取得する生産設備のハードルは国内HACCPの比ではなく、本当に狭き門。設備投資、工程管理、スタッフ教育…と、徹底した生産工程と衛生管理が山菱水産の品質の土台にありました。
さらに、空気を冷媒とする特別なシステム「パスカルエア」搭載の超低温、−60℃冷蔵庫を完備することでマグロへの負担を最小限に抑え、よりよい状態で鮮度保持ができるのです。
写真1枚目,2枚目,3枚目:中島悠二
写真4枚目,5枚目,6枚目:事業者提供
文:石山静香