塩タラ一筋の老舗
遠藤水産は、1947年の創業以来、製法にこだわった塩タラ、“ましお造りのタラ”一筋の老舗です。大手を含む全国各地のスーパー向けに上質なタラを卸しています。そんな遠藤水産の新たな挑戦に挑むのは、遠藤幸一社長の息子の健太さん。
「祖父の立ち上げた会社で、順当にいけば3代目になります」
色白で華奢な健太さんが、はにかみながら自己紹介してくれました。
27歳、今回のプロジェクトに手を挙げた事業者の中でも、最年少です。
元々取引先のスーパーの鮮魚バイヤーであり、現在流通専門のアドバイザーを務める知人・山崎氏の勧めで今回の挑戦に踏み切りました。
遠藤水産はBtoB、つまり小売り業者への販売を専門としているため、自社商品を直接消費者に届けることはなく、インターネット事業も全く未経験の領域です。
日ごろの感謝を込めて、取引先への贈答品として作っていた、非売品の自家製漬け魚を商品化し、インターネットで販売するというプロジェクトが始動しました。
家業を継ぐ覚悟
健太さんが地元に戻ったのは約1年前、26歳の時です。大学卒業後に就職した大手スーパーを退職し、拠点を塩釜市に移し、家業を継ぐという大きな決断でした。
「魚を捌き、魚を知る人はかっこいい」
同市七ケ浜町に生まれ育ち、幼少期から魚は身近にありました。幼心に密かな憧れを抱いたきっかけは、父幸一さんの存在。幸一さんは、どんな時も挑戦するということに寛容でした。「思い描く理想があるなら何でもやってみたらいい」どんなことでも、必ず健太さんの想いを後押ししてくれました。
中学時代、ギターをやりたいと言う健太さんを楽器店に連れて行った幸一さんは、一流の楽器が並ぶショーケースの前で、どれでも好きなものを買っていいと言ってくれました。「続くかどうかもわからないし、親ならセンスがあるかどうかも大体わかるはずなのに…。自分だったら言えないと思う」と、健太さん。
社会人経験を重ね、父の偉大さに気付く機会が増えました。創業以来初という今回の挑戦も、当たり前のように歓迎してくれたと言います。
家業を継いでほしい、と言われたことは一度もなかった健太さん。尊敬する父から、家業をしっかりと受け継いでいきたいと、自ら強く意識するようになりました。
スーパーでの経験とあたためた想い
学生時代には、アルバイトとしてスーパーでの販売経験も積みました。健太さんにとっては馴染みのある鮮魚の職場もスーパーの中ではあまり人気がなく、志望すれば採用してもらえるのではないかと、戦略的に就活に挑んだ健太さん。
水産品の販売を生業とする家に生まれ育ち、魚についてそれなりの知識はあったものの、売り場で日々魚を扱う毎日の中、改めて“魚食は日本の伝統だ”と強く思うようになりました。
一方で、港町で育った健太さんにとっては当たり前だった、“日本人は魚を食べる”というイメージからは程遠い魚離れの現実にも直面しました。精肉、生鮮食品、生活用品、幅広い品揃えを誇る大手スーパーにあって、鮮魚の店舗内売上比率は、想像よりもかなり低かったのです。
魚が売れない。
健太さんは魚食の衰退に寂しさを感じるようになっていきました。スーパーでのこうした経験をきっかけに、自分で商品を作って売ってみたいと思うようになりました。
小売りにおける鮮魚の販売方法は、業者によってはもちろん、地域によっても特徴があり多種多様です。例えば、関西では丸魚を店頭で見せて、注文に応じて捌くスタイルが流行っています。大手スーパーの場合、販売方法は店舗ごとで大きく異なります。パッケージに入れた切り身のみを取り扱い、決まった製品をデータ分析で販売する都会的な店舗もあります。健太さんが務めたスーパーでは、仕入れた丸魚の鮮度や特性を踏まえて最適な販売方法を見極める手法を採っていました。
日々の業務は、コスト意識も重視しながら、どのようにこの魚を売ろうか、という試行錯誤の繰り返し。仕入れた魚とにらめっこする日々の中、売り方の提案を考えることが習慣化していきました。
「もっとこういう商品があったらいい」「子どもが魚を食べやすい商品を作りたい」「魚の食べ方は出尽くしているようで、実はまだまだ出尽くしてないのではないか…」
徐々に、味付けや調理方法、自分なりに考えた商品アイデアが湧いてくるようにもなりました。ただ、スーパーでの魚の販売提案には限界もあり、もっと専門的にやっていきたいと想いは募りました。
「いつか自分で商品を作りたい」
遠藤水産は、4年程前から取引先のお中元として「銀鮭西京漬け・銀鱈西京漬け」を送っていました。この“魚屋の作る美味しい賄い”のイメージを体現する西京漬けは採算度外視の贈答品だったため、商品化には縁遠い品だったと言います。そのため、品質の高さに驚きの声も出るほどで、密かな評判を呼んでいました。
「こういうものも作れるという、名刺代わりの振る舞い品だった」
父が手掛けた品を誇らしげに語る健太さんは、この自慢の最高品質の漬け魚を商品化にチャレンジすることに。
タラ以外の魚種の扱いも、個人向けの商品製造も、遠藤水産にとっては初めてづくしの挑戦です。あえて魚種も味付けも絞らずに試作を重ねました。最終的に鱈、銀鮭を厳選。宮城県の銀鮭ですが、「産地も縛らずに全国各地の美味しい鮮魚を選りすぐったところ、行き着いた」と、一周まわって戻ってきたそう。
銀鮭と銀鱈の味付けには、量産可能な「西京漬“風”」味噌ではなく、京都から取り寄せた本場の「西京味噌」を漬魚用に改良したものを採用しています。
昨今の高級品は少量化傾向も見受けられますが、“もらった人が喜ぶ”サイズ感として、100gのボリュームにもこだわっています。新商品のパッケージのため、デザイナーの協力も得ながら新しいロゴを制作中。防水加工の黒いギフト箱は高級感が漂い、商品にぴったりの形状。冷凍品ながら60サイズで送れる利便性も重視しました。
無駄のないコンパクトな箱に、きれいに1枚ずつパックされた大きめの切り身。それらが並ぶ様は美しく、初の開発商品とは思えない完成度です。「偶然の産物」と言う謙虚な健太さん。祖父と父の築いた家業へのリスペクトを胸に、魚食文化を絶やさないためにできることを探す、この若き挑戦者の船出には追い風が吹いているようです。
文・写真:石山静香