創業時からのこだわりと品質
創業75年、塩タラ一本の商売を貫く遠藤水産。商売の強みは、徹底した品質管理です。契約したスーパーのリピート率は高く、安定した出荷を継続しています。
取り扱うタラは一級品の米国産。タラの品質の二番手はロシア産で、良質な国産は少量に限られます。アメリカは、フィッシュアンドチップスが有名な英国や、フランスとタラの漁獲量を競ってきた歴史もあり、身を扱う高い技術力を誇ります。
品質は魚の生息地だけでなく、船や加工技術で大きな差が生じるそうです。中でも最高級品は、ベーリング海原産のタラ。海水温が最適で、荒波に揉まれ脂ののりかたも程よいのが特徴です。また、アメリカは漁獲制限をかけ、しっかり資源を守っています。
欧米では、釣り上げた船上ですぐに頭を切り落とし内臓を取って冷凍するため、鮮度が落ちません。一方日本では、トロール船の巻き網漁で魚に負荷がかかる上、陸で処理するため、腐敗が進みやすい傾向にあり、品質に差が出ます。
「弊社はいいものを持ってきて、いいものしか作らない」
遠藤水産には素材からこだわるという基本が根付いています。世界情勢に応じ、お客さんの要望で、価格との兼ね合いを見ながらロシア産に変更することもありますが、品質に妥協はしないのが信条です。こだわりの塩は、2度の濾過で不純物を取り除く方法で仕上げる瀬戸内海産の天然塩。ミネラルが豊富で、見た目も味も角がなく、まろやか。この塩を使い、独自製法で仕上げた塩タラを「ましお造り」と命名しています。祖父の代から守り抜く独自製法は2018年、「遠藤水産ましお造り」として特許を取得しました。
“人”が動く工場
作業着姿の健太さんに案内され、安心・安全な食品造りの基盤となる工場にお邪魔しました。臭いが全くしない加工場に驚きます。魚どころか、食品加工をしているとは思えないほど、無臭なのです。
衛生管理を徹底した工場では、従業員のほか、外国人研修生も働いています。ドレス※1 で届いたものを工場で加工。全ての工程肯定で手作業を加え、アニサキス等の寄生虫も目視で確認しています。
※1 ドレス(加工の状態を表す言葉):腹部を切り開き、エラと内蔵を除去し、さらに頭部を除去した状態
目視と言っても、判断するのは瞬時。サッとピンセットで取り除いていきます。
「今どき、機械でできないんですか?」と思わずたずねると
「人じゃないと無理ですね」と健太さん。
様々な業種で機械化が進んでいても、長年の経験から養われる人の勘に頼らざるを得ない場面はまだまだあるのですね。
「その都度、人が目で見て、問題がないかはもちろん、鮮度の確認も行います」
新商品の加工工程でも際立つ細やかさ。スタッフが専用のゴムべらを使って手作業で仕上げる漬けの塗りは、厚すぎず薄すぎず、絶妙。ちなみに、この味噌は落とさずに焼き上げると美味しいそうですよ!しっかり焼きすぎず、“レア”と言うくらいに、やさしく焼くと思わず“生”で食べたくなるほどの、美しい透明度の身に、本当に素材の良さを実感するはずです。特にタラは色も味も弾力も、ひと味もふた味も違います!
ぷりぷりして、しっとり。魚と味噌、両方の旨味をたっぷり味わえる大きめの切り身。
こだわりサイズの大振りな切り身が満足感を高めるのは、健太さんの思惑通りあっという間に皿から無くなります。
最高品質、こだわり抜いた商品を“塩釜の地魚”に
商品開発についてお話をうかがっている中、何度も“偶然”と言う健太さん。
実はかなりの完璧主義者で、試作も全て自分で行い、中途半端なものは認めない徹底ぶり。偶然の産物は、健太さんの地道な努力によって引き寄せられたものなのでしょう。
「大事なのは完成時の出来栄えです」自信を持って語る健太さんの姿は頼もしい。
「仕上がった商品をお客さんが食べた時、『よりよいものが美味しい』そんな当たり前を大切にしたい」という健太さん。
『よりよい』を形にするには、魚の産地以上に、取り扱う生産者=人が大切だと考えています。
こだわり抜いた商品が、消費者に<塩釜の商品>として知られれば、結果的にそれが地域のアピールにもなる。塩釜の地で“最終加工した”魚は、健太さんにとっての地魚です。
地魚の定義は漁場や水揚げの場所だけで決まるものではないようです。
今回の漬け魚は「フライパンに魚専用のシートを敷いて焼くのが一番おすすめ」と教えてくれる健太さん。これだけこだわりの人なので、絶対グリルを推すかと思いきや、意外とお手軽な方法を提案してくれました。
「フライパンに油を少しひいてから焼くのも、いい味になってオススメです」
こんなに良い素材で繊細な仕事をしているのだから、食べ方にもさぞ細かい指示があるだろうと身構えていると、「食べる方それぞれが、美味しいと思う食べ方で食べてもらえたら嬉しい」
素材は完璧に用意するから、後はお好みでどうぞ、というスタンス。
自分の仕事をまっとうする人の懐の広さ、圧倒的に美味しいものを作ったからどう調理しても悪いようにはならないという自信に裏打ちされた、強者の余裕のようなものを感じます。
母の真理子さんも、健太さんの成長ぶりに目を細めます。
「小さい頃、私たちの仕事終わりを事務所で待ってもらっていました。健太がパソコンでタラの絵を描いてくれたんです。それを元にイラストに起こしてもらって、チラシやレシピ集に使ったりしてたんですよ」
子供が魚の絵を描くとき、タラがモチーフになるのは遠藤家ならでは。
“タラ”の特徴を捉えた愛らしいイラストには、健太さんの繊細な感性が感じられます。
最近の健太さんは忙しいせいか、「やや冷たい」とちょっと寂しげなお母さん。
近くで見守り続ける真理子さんは、心配しながらも一番の応援者であり、誰よりも期待を寄せている姿が印象的でした。
ゼロから構築する企業イメージ
商品への自負と自信はありますが、業務用卸専門だった遠藤水産は消費者に名前の知られた企業ではありません。インターネットの検索で、情報が出てくるような企業でもありません。しかしそれが、新たな挑戦の強みでもあります。
一般の消費者への認知がまっさらな状態だからこそ、企業イメージもゼロから構築することができます。健太さんの挑戦は、遠藤水産として消費者に直接届ける初めての商品として仕上がりました。
ものすごく謙虚なのに、魚のこととなると絶対に譲らない頑固さ、そして瑞々しい感性をあわせ持った健太さんがこれからどんな魚食文化の未来を描くのか。
3代目のデビュー作を味わいながら、思いをはせてみては。
文・写真:石山静香