三陸地方は、国内で生産されるワカメの約7割が生産されており、ワカメの生産量は日本一を誇る。岩手県沿岸の田野畑(たのはた)村も主な産地のひとつだ。
昔から地域に根付く天然の地タネを育てているのが特徴で、複雑に入り組んだ地形が良質な海藻の生育に適しているため、田野畑村のワカメは「きれいな緑色で、世界一葉が厚くおいしい」と高く評価されている。
田野畑村では他の産地同様、1月下旬から2月初旬にかけてワカメの新芽を間引きする。これが茎まで柔らかくシャキシャキとした食感で、地元の漁師が「本来のワカメに負けないほどおいしい!」と口を揃えるほどだという。
村内で、間引きの時期限定で食べられていたこのワカメの新芽を、村外の人にも味わってもらいたいとフリーズドライ加工に取り組んでいるのが、「道の駅たのはた」を運営する「一般社団法人思惟の風」だ。
フリーズドライといえばみそ汁やスープにワカメが入っている商品は多いが、ワカメ単体の商品はない。つまり完成すれば、日本初のフリーズドライのワカメとなるのだ。人口約3000人の村から日本初の商品が誕生するとは、考えるだけでワクワクする。詳しい話を伺おうと同法人を訪ねた。
ワカメの新芽に付加価値を!
ワカメの収穫時期は、一般的に3月から4月にかけて。だが、実はその前に1月下旬から2月初旬にかけて約2週間、ワカメを大きく育てるために漁師たちは「間引き」を行っているのだという。
間引いたワカメは、新芽のため塩蔵処理には向かず、収穫量が少ないため、機械で乾燥させても利益は出ない。新鮮なうちに生で流通させるしかないのだが、日持ちがしないためルートが限られてしまう。そのため漁師が自宅で食べたり、近所に配ったり、廃棄するケースがほとんど。村外に出回ることはなく、漁師にとって間引いたワカメは「お金にならないもの」という認識だったという。
「それがすごくもったいないと感じていたんです。間引きワカメは、柔らかくシャキシャキしていて、えぐみもなく、本当においしいんですよ。だから村外の人にもぜひ味わってもらいたいと考えていました。何より、付加価値を持たせて販売すれば、漁師さんたちの所得向上や雇用促進にもつながると思ったんです」と代表理事の佐々木菊三郎さんは説明する。
佐々木さんたちがワカメにこだわる理由は、もうひとつあった。
田野畑産のワカメは天然自生する芽株で採苗する「地タネ」を使って養殖しているので、美しい緑色だ。しかも、同村には工業施設がないため水がきれいなうえ、海水温が低く、ワカメは外海の荒波にさらされて育つ。そのため、世界一の大きさと肉厚さを誇るワカメになるのだ。
そんな田野畑が誇るワカメだが、多くは他産地品と混ぜて「三陸産ワカメ」として売られているという。佐々木さんは、その現状がもったいないと感じ「田野畑産ワカメ」として魅力をもっと発信しようと考えたのだ。
「フリーズドライ」はおいしく使いやすい
ではどうやって付加価値を持たせるか。事務局長の清水川知弘さんが思いついたのが、フリーズドライ加工だ。
フリーズドライの利点はたくさんある。
例えば、機械や天日干しによって乾燥させると水分と一緒に旨みまで抜けてしまうのに対し、凍らせた食品を真空状態にして乾燥させるフリーズドライ加工にすると、水分だけが抜けて旨みや栄養はそのまま残るという。
また、液体に入れればすぐに食べられる状態になるので、乾燥ワカメのように戻す時間や、塩蔵ワカメのように洗って切る手間がかからない。さらに、乾燥ワカメや塩蔵ワカメと食べ比べたところ、フリーズドライ製品がもっとも食感が良かったそうだ。
お土産品として自社で製造したい
そんな良いことずくめのフリーズドライのワカメが、どうして今まで作られてこなかったのか。その理由を清水川さんは、「おそらく加工の機械が高価だからではないか」と推測する。実は、同法人でも機械を購入して自分たちで製造するかどうか当初は迷っていたのだが、考え抜いた末に購入を決めたのだという。
「田野畑村は漁業や農業といった一次産業は盛んなのですが、二次産業はほとんどないんです。私たちも、地場産食材を使って『道の駅』で販売するお土産品を開発していますが、盛岡など村外の企業に製造を委託するケースがほとんどでした。そうなるとコストがかかって販売価格が高くなり、村の土産品としての敷居も高くなります。どうしても自分たちで製造・販売したいという強い想いがありました」と清水川さんは言葉に力を込める。
こうして、日本初の「フリーズドライのワカメ」の製造が始まった。
文:赤坂環 写真:川代大輔