2016年の設立以来、飲食店向けの加工品製造業を営んできた「株式会社カネシメ」。その培ってきたノウハウを活かし、宮城県産の牡蠣、ホヤ、鮭を使った一般消費者向けのレトルト加工品の開発に着手した。
目指すのはズバリ「居酒屋以上、料亭未満」。お店で食べるのと同等、むしろそれ以上のクオリティがありながら、手軽に購入できて食べられる商品だ。
長年にわたり「お店の料理」を作り続けてきたからこそ、自信を持ってお客さまに提供できると意気込む代表取締役社長の千葉治さんに、新商品の特徴や開発の経緯、今後の展望などを伺った。
宮城県産の牡蠣・ホヤ・鮭をつかった新商品
カネシメが今回新たに開発したレトルト加工品は、「牡蠣の燻製」「ホヤの甘辛煮」「鮭の旨煮」の3種類。原材料には、いずれも宮城県産の魚介類が使われている。
宮城県沖合は親潮と黒潮がぶつかる海域で、プランクトンが多く発生し「豊富な餌場」を持つ漁場として知られている。なかでも金華山・三陸沖漁場は、世界3大漁場のひとつに数えられるほどだ。豊かな海の恵みをたっぷり受けた魚介類は脂が乗って旨味があり、身質も優れている。
牡蠣やホヤなど宮城県を代表する海産物にはファンが多い。長年居酒屋に商品を卸してきた千葉さんによると、「居酒屋ではホヤが一番人気です」という。
ホヤといえば、好き嫌いがはっきり分かれる食材という印象が強いかもしれない。苦手な理由のひとつに、ホヤ独特の臭みが挙げられるが、実はこれは鮮度に大きく左右される。同社が使用するホヤは、水揚げ後3時間以内に急速冷凍され、鮮度を保つことで独特の臭みを抑えている。だからこそ新鮮で、ホヤそのものの風味やおいしさを堪能できるのだ。
その新鮮なホヤを使用した「ホヤの甘辛煮」は、ホヤをオリジナルブレンドのキムチダレにさっとくぐらせ、味付けをした商品。口にいれるとほんのりとしたキムチの風味とほどよい辛味が広がり、食欲の増す味わいに仕上がっている。
いずれの商品も、コンセプトである「居酒屋以上、料亭未満」を実現するため、味付けはシンプルに、あくまで素材の味を活かす加工が施されているのが特徴だ。なかでも「牡蠣の燻製」は、一切味付けをせず、牡蠣の味のみで勝負している。
じっくりと時間をかけて燻すことで、牡蠣の持つ自然な甘みと深い味わいが強調され、お酒のお供にぴったりな仕上がりになっている。
「鮭の旨煮」については、開発初期段階での苦労も語られた。新商品開発に携わるパートナー、株式会社エムコーポレーションの板橋一樹さんは「調理時の火加減や圧力の調整が難しく、初期段階では煮崩れが起こってしまった」と振り返る。
しかし、試行錯誤を重ねた結果、脂の乗った鮭の身をふっくらと柔らかく仕上げつつ、箸で持ち上げても崩れないギリギリのバランスを実現。おつまみやご飯のおかずとしても楽しめる万能な一品にまで品質を高めた。原料には旬の夏に獲れた銀鮭を冷凍して使用し、味付けは塩と醤油で検討中だという。
「シンプルな味付けなので、日本酒をはじめ、どんなお酒にも合います。実はご飯のおかずにもぴったりなので、お酒を飲む男性に限らず、幅広い方々にいろいろなシーンで召し上がっていただきたい」と千葉さんは笑顔を見せる。
高温で殺菌すると「おいしくなくなる」問題
味付けや原材料の調達については、既存事業のノウハウを活かしたものであったため、そこまで大きな壁には当たらなかった。一方、今回新たに挑戦する「レトルト」という分野においては、大きな課題に直面したという。それが、食品の安全性を確保しつつ、素材の風味や食感をどのように保つかという、「レトルトならでは」の課題であった。
レトルト食品は、常温で長期間保存できることが求められる。そのため、120℃以上の高温・高圧で4分間以上にわたる加熱殺菌が行われるのが一般的だ。これにより、食品内に含まれる芽胞菌(とくにボツリヌス菌)をはじめ、さまざまな細菌を完全に除去し、食品の保存性を大幅に向上させる。レトルト食品の安全性を高め、常温での長期保存を可能とするには、この強力な殺菌工程が不可欠なのだ。
しかし、120℃以上の高温での処理は、牡蠣やホヤなどの繊細な海産物にとっては大きな問題を引き起こす。高温にさらされると、素材の旨味が流出してしまうだけでなく、身が縮んで固くなり、さらに食感が崩れるといった問題が生じるのだ。こうした状況は、同社が目指す「素材本来のおいしさを楽しんでもらう」という商品コンセプトと大きく矛盾するものだった。
安全性の担保とおいしさの向上。相反するふたつの条件をクリアするため、同社はどのように対処したのだろうか。
低温じっくりで見つけたベストバランス
まずはレトルト殺菌機を自社で新たに導入し、レトルトについてノウハウを持つ外部の企業と協力しながら、最適な殺菌温度と時間を見つけるために試行錯誤した。その結果、従来の短時間加熱ではなく、より低温で時間をかけじっくりと加熱殺菌する方法を見つけることができた。
「ここにたどり着くまで、本当に苦労しました。レトルト殺菌機は時間と温度をそれぞれ設定できるため、何通りもの組み合わせを試しては調整する、という工程を数ヶ月繰り返し、やっと見つけたベストバランスです」と、千葉さんは笑って見せた。
この粘り強さにより、同社は食品の安全性と素材のおいしさを両立させ、消費者に安心して提供できる商品開発を実現したのである。
文・岩崎尚美 写真・窪田隼人