「内陸の海」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか。
海のない立地に新鮮な魚介が仕入れられるのだろうか、味も種類も劣るのではないだろうか、市場や海の近い店には敵わないだろう……。一見すると商売をするには不利に思える内陸部の寿司屋だが、実は「そんなことはない」と語る人がいる。
福島県須賀川市で寿司屋を営む桒名克己(くわなかつみ)さんだ。
今回は福島県の内陸部、中通り地方で地元の食を支えてきた寿司店「ちから寿し」のこだわりと、新しい挑戦についてご紹介したい。
山の中の寿司屋は、恵まれた「内陸の海」
ちから寿しは、今年で創業55年となる老舗寿司店。現在の須賀川市に市町村合併される前の長沼町(現:長沼地区)の時代に創業し、桒名さんで二代目となる。かつては長沼城の城下町として栄えた長沼地区だが、人口減少と高齢化により、2022年に一部過疎※と認定された。
人が減り、店のシャッターがひとつふたつと閉まっていく中で営業を続けることへの想いを、桒名さんはこう語る。
「うちはずっと、『お客様に愛される店とは何か』を考えて営業を続けてきました。食を通してお客様に笑顔と感動を届けたい。そのために現状に満足することなく、日々より良い店、より良い味を提供できるようにという想いでここまで続けてきたんです」
※合併により区域の一部が過疎地域と認定された市町村のこと
中通りという内陸部で寿司店を営むことについても、桒名さんは「まったく不利ではない」と語る。海や市場が近い飲食店では当然、新鮮な地魚を食べてもらうべく腕を振るう。お客側も「おいしい地の物」を期待して来店する。一方、内陸部の寿司屋ではそういった「事前の期待感」はないが、その分、先入観にとらわれずにおいしい素材を全国各地から仕入れられる点がメリットだと言う。
「うちの仕入れは近くの郡山市の市場と豊洲からしています。特に東京の市場には全国からいい魚が集まりますからね。30~40年前から付き合いのある卸さんにお願いして、ちから寿しに合ったネタを送ってもらうようにしてるんですよ」
寿司は新時代へ。冷凍寿司という新たな挑戦
地域に愛され続けてきたちから寿しだが、桒名さんは寿司業界の今後について、シビアに捉えている。特にちから寿しのような個人店は、大手チェーン寿司店の勢いに押されつつあり、今後10年・20年先を見据えた生き残り戦略が必須だと言う。
「寿司が今のような形になったのは、実は最近のことなんです。古くは現在の滋賀県あたりの鮒寿しから始まって、江戸時代には屋台で握り寿司が振舞われるようになりました。今のように鮮魚を使った寿司が主流になったのは、製氷産業が盛んになった明治以降だと言われています。つまり寿司は数百年という長い年月をかけて変化してきたんですよ。そして今、再び進化をする時が来ていると私は感じています」
地域の人口は減っている。大手に押されてお客様の数も減りつつある。過疎地の、しかも内陸部の個人寿司店が生き残るためには何が必要かを考えた時、桒名さんはある挑戦を思いついた。それが「冷凍寿司」の開発・販売である。
全国でも珍しい「冷凍ちらし寿司」の開発
2022年、まずは手巻き寿司のテイクアウト商品から着手した。これが評判となり、福島県の経営革新計画承認企業として知事からの認定を受け、本格的に加工業をスタート。また、機を良くして急速冷凍機メーカーと出合ったことも後押しとなり、一気に「冷凍寿司」への道が拓けていった。
桒名さんが目指したのは「ちらし寿司」の冷凍化だ。ちらし寿司は握り寿司に比べて米の量が多く、その分冷凍へのハードルが上がると言う。普通に考えれば簡単な方を選びたくなるところだが、そこは彼の職人魂が許さない。「より難しい方を、より美味しく」というモットーのもと試作を重ね、2023年秋、ついに第一弾となる冷凍ちらし寿司が完成した。
「冷凍方法はもちろん、いかに美味しく“解凍”するかも研究を重ねました。当たり前ですが、寿司の解凍はレンジでチンするわけにはいかない。生ものですからね。そのためおいしさや見た目を損なわず、なるべく短い時間でできる“自然解凍”の方法を模索したんです」
冷凍機メーカーや専門家と二人三脚で開発し、まず販売にこぎつけたのが「イクラばらちらし寿司」と「海鮮ばらちらし寿司」だ。
こうして2022年の試作時からたった1年足らずで、全国でも珍しい「冷凍寿司」が、福島県の山あいの個人店から販売されることとなったのである。
文・佐藤 美郷 写真・太田亜寿沙